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(165) 新名 新

出版社と電子書店と読者をつなぐ架け橋となる

2015年度の日本の電子書籍市場の規模が、紙媒体の書籍・雑誌の1割になった。今後、電子書籍が着実に増加していくことになれば、出版社はもはや電子書籍を無視するわけにはいかないだろう。紙と電子の両方を出版していくことが不可欠になってくるはずである。2012年、出版社と電子書店、読者をつなぐ架け橋となる株式会社出版デジタル機構が設立した。電子書籍市場の確立に向けてビジネスインフラの整備を展開しているが、出版社に向けてプリント・オン・デマンド取次サービスの活用をはじめ、コンテンツ制作のプロセスを効率化する支援、さらにはプロモーション支援ソリューションを手がけている。同社を率いる代表取締役社長の新名新さんに、会社の事業内容と今後の電子出版・電子書籍市場について話を伺った。

新名 新氏

新名 新NIINA SHIN

PROFILE

1954年東京生まれ。上智大学文学部卒業後、1980年中央公論社入社。1996年角川書店(現KADOKAWA)入社。2005年モバイルブック・ジェーピー社外取締役就任。2007年角川書店常務取締役として出版事業及び電子書籍、海外版権を担当。2012年ブック・ウォーカー社外取締役就任。2013年より角川文化振興財団事務局長。2014年6月株式会社出版デジタル機構代表取締役社長に就任。

紙書籍の取次店の電子版としてサービスを行う

——まず、御社の事業を教えてください。

新名当社は、産業革新機構と出版界の出資によって、平成24年4月に設立されました。「出版」のPublish と「橋」のbridgeを合わせた「pubridge」という造語の下で、出版社と電子書店、読者の架け橋としてサービス展開しています。事業を簡潔に言えば、出版社から電子書籍をお預かりして、それを電子書店に配信するという、PODの取次業務をメインにしています。従来の紙書籍の取次店の電子版と言えるでしょうか。電子取次においては1,200以上の出版社と、80以上の電子書店の会社と連携し、40万点以上の電子書籍コンテンツを流通しています(2016年12月末現在)。また最近では、プリント・オン・デマンド(POD)の電子データ取次も開始しています。

——現在の日本の電子出版市場についてはどのような印象をお持ちですか?

新名コミックに関しては、ほぼ電子市場が確立されて流通が盛んになってきていると感じています。今後も順調に推移していくと考えていますが、一方、文字物の書籍については、海外ほどの市場が形成されているとは言えません。その背景には、日本語組版があまりにも複雑かつ洗練されていて、それが逆にネックになっているということがあります。禁則処理やルビなど、日本語特有のさまざまな組版規則に対応する必要があり、これを電子で表現するのが難しいのです。それに、出版社の主戦場は未だに紙の市場ですから、まずは紙の書籍を創ることに主眼が置かれています。制作面について言えば、例えば、InDesignでは、同じように見える組版でも複数の方法で制作することができてしまいます。すると、電子書籍に変換した場合に、ある方法はうまく処理されるのに、ある方法では不具合が発生したりする状況が生じます。このように変換の際に問題が発生すると、手間やコストが掛かってしまうため、電子書籍に対してどうしてもネガティブになってしまいます。経費が掛かるうえに、市場が小さいとなると、出版社は電子書籍の制作を敬遠するようになってしまいます。

——出版社自体が未だに紙に拘るという状況はあるのでしょうか?

新名そうですね。出版社も経営者レベルは割と危機感を持っていて、電子書籍に関するセミナーや講演会に出席して情報収集されている姿を見かけます。経営者は、出版の市況がかんばしくない中で、電子書籍の必要性を感じている人が多いと思います。ところが、昨今の出版社を目指す若い人たちの間では、むしろ紙の書籍を創りたいという欲求が強いのです。とくに文芸関連の出版社で仕事をされている人たちには、紙しか本ではないという思いが根強くあって、電子書籍に背を向けている人が多いのが実情です。彼ら自身が本を紙で読みたいと考えているため、どうしても電子書籍の制作には前向きになれないわけです。

紙と電子の本を同時に出版しXMLデータで保存しマルチ展開

——制作する編集者自身が、紙の本に固執している状況があるというわけですね。

新名ええ。これだけ紙の書籍市場が縮小し、一方でスマートフォンやタブレットの普及で電子書籍市場が伸びていくと言われているのですから、本来なら無視するわけにはいかないはずです。市場や読者が求めているものは何かを知って、作品の中身の前に、まずは器を読者のニーズに合わせて提供していくことが重要になります。

大手出版社は社員に市場の方向性や電子書籍の重要性を教育し、出版社自体も変わらなければならないと考えているようです。このように本来は出版社自らが変革していくことを求められているのですが、場合によっては外的要因となる取次業界や書店業界の厳しい状況が、出版社に対して電子書籍化を迫ってくるかもしれません。出版社がいくら紙の本を多く創りたくても、それを売る流通側が縮小してしまうかもしれないからです。

——なるほど。そのような状況下、御社は電子書籍化について出版社にどう働きかけているのでしょうか?

新名具体的には、まずは紙の書籍を創る際に、同時に電子書籍も創りましょうと呼びかけています。さらに、そのコンテンツのデータを、例えばXMLのような将来も利用可能な形式で保存することを推奨しています。InDesignで組んだ書籍のデータを保有していても、10年後も果たして利用できるのかどうかを考えますと疑問です。出版社がIP(知的財産)を可能な限り長く、広く活用していくことを考えると、InDesignのデータでは、仕様が変更されて使えなくなる可能性が出てくるかもしれません。そこで保管のための最終データを、タグ付きのテキスト形式で制作する仕組みを当社で構築しました。2016年10月にサービスインした「Picassol」がそれです。これは出版物などのコンテンツ制作を効率化するためのサービスです。原稿整理や高度な校正支援、さらに自動ルビ付けなどの機能を活用して、入稿前の作業負荷を軽減します。XMLデータを元にした紙書籍・電子書籍、あるいはWeb利用などのマルチ展開を実現させました。

——これまで電子書籍にするのに、手間やコストが掛かっていた小規模出版社には朗報になりそうですね。

新名はい。配信までの工程を短縮し、しかもローコストでマルチ展開が実現できる点は魅力だと思います。それに「Picassol」には精度の高い原稿整理機能を搭載していますから、入稿前の準備作業が省力化できる点もメリットです。出版社では一冊の書籍を刊行する場合、著者の取材費や校閲に伴う費用を負担しています。また、著者に様々なアドバイスをしたりする編集者の人件費も負担しています。こうした投資をしていち1つの「作品」を創りあげているのに、紙の本を出版してそれで終わりで良いのか、ということです。これからは将来にわたって「作品」(言い換えればIPですが)を最大限に利活用していくことが、出版社の経営にとって大切なことだと考えています。中小の出版社さんでは、これを可能にするシステムを自社で構築し、24時間365日運用していくのは困難です。

そこで当社は、この「Picassol」をクラウドサービスで提供していきます。出版社には低額に抑えた月額の利用料を支払っていただくだけで、大手出版社が構築している仕組みとほぼ同じようなシステムが手に入るようになります。

コンテンツのプロモーションも行い出版社を総合的に支援する

——そうですか。一方でいかに書籍を売っていくかという課題もあると思うのですが……。

新名おっしゃる通りです。その課題に対する回答として、書籍のプロモーション支援ソリューションである「NetGalley(ネットギャリー)」というサービスを2017年春に立ち上げます。これは既にアメリカで実績のあるWebを利用した新刊の販促サービスです。出版社が売り込みたい一押しの本を、Webを通して影響力のある会員、書店員、図書館員、ネットのインフルエンサーなどですが、こういうプロフェッショナルな読者に、しかも発売前に読んでもらおうというサービスです。それによって、作品の情報をブログやSNS、ツイッターなどから連鎖的に拡散させ、本の販売促進に活用していければと考えています。

出版社のメリットは、発売前の新刊に対する反応を知ることができる点です。評価やレビューを集めることができますし、また、ゲラや献本の電子化により、大幅なコストダウンも実現できます。プロモーション計画に合わせた作品の配信も可能になります。

——なるほど。将来の電子書籍はリッチコンテンツに進化していくのでしょうか?

新名紙を単に電子に置き換えた現在の電子書籍は過渡期のものだと考えています。しかし、単に動画や音楽を付けたリッチコンテンツに向かうとも思っていません。もっとコンテンツの本質に根ざした変化が起きるのではないかと予測しています。たとえば、作品の「長さ」が変化していくと思います。現在、書店に並んでいる作品の長さはだいたい同じような長さですよね。あれは一冊の本として店頭に置く場合の扱いやすさ、人が持つ時の持ちやすさ、そして、本にした時の値頃感といった紙書籍の都合で決められています。

これからの電子書籍はこれに囚われないでしょう。たとえば、スマホの画面上で短い隙間時間に読めるような作品が求められると思います。もしかしたら、昔はやったショートショートが見直されるかもしれません。また逆もあります。デジタルになりますから、作品の長さに制限を設ける必要もなくなります。一話、一話は短くても延々と物語が続いていく形式です。短い一話の中に山場があって、しかも次を読みたくなるような「引き」が最後にある、そんな作品を書くことができる作家さんがもてはやされる時代になっていくかもしれません。そこからサイドストーリーや、Webサイトに誘導して別のコンテンツの販売に結び付けることも可能になるでしょう。

将来の電子書籍では本そのもののあり方が変わることで、作家の書き方も変化し、新しい出版コンテンツが立ち上がっていくのではないでしょうか。

——出版の将来はどのような姿になっていると予想されますか?

新名将来のことを予想すると、得てして外れるものですが、出版コンテンツは、よりWebに近いものになっていると思います。紙の本を売るにしてもWebの力を抜きに考えられなくなるでしょう。雑誌に至っては、もしかしたらWebと一体化している可能性があるかもしれません。今日、人はまずWebから情報を得るようになっていますから、出版コンテンツもWebから発信していく必要を強く感じます。そして、当社はWeb時代に対応した出版社のビジネスを支援し、出版社と電子書籍と読者の架け橋となっていくことを目指していきます。

(株)出版デジタル機構のホームページ

(株)出版デジタル機構のホームページ
http://www.pubridge.jp/

投資した「作品」を創りあげているのに紙の本を出版してそれで終わりで良いのか。

———— 新名 新