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(140) 小杉 博俊

こころからのものづくりにこだわる紙の仕事人

CD・DVD用のパッケージでデファクトスタンダードになっている「メールパック」を開発した株式会社システムクリエイツ代表取締役の小杉博俊さん。50年近く紙の仕事に就いて、素材から用途、販促に至る数々の商品を開発してきた。記憶に新しいところではケータイ画面拡大用クリップカメラ『写ミール』(2004年)、光ディスク傷付防止用『ソフトビーズ加工紙』など、画期的な商品・素材がある。「『1つの分野に絞って商品開発されると、大成功を納めますよ』と、言われたことがありますが、頭の中にいくつも発想が浮かび上がり、あれもこれも創りたいのが私の性分です」という小杉さん。一昨年古希を迎えて、紙とデジタルを融合させたクリエイターとして新たなスタートを切った。「こころからのものづくり」を理念に、紙の仕事人としてチャレンジし続けている。

小杉 博俊 KOSUGI HIROTOSHI

PROFILE

1942年静岡県生まれ。1965年日大芸術大学美術学科工業デザイン専攻卒。1970年㈱王子カミカ設立に参加し取締役商品開発部長に就任。1972年大丸百貨店手提げ用紙『王子バッグナチュラル』を開発。1977年株式会社システムクリエイツを設立し代表取締役に就任。1981年立石電機(現オムロン)電子体温計『けんおんくん®』の上市提案から、ネーミング・パッケージ企画・CF等に携わる。1995年CDを90円で郵送できるパッケージ『CDメールパック®』を自主開発。2004年プレゼン用カメラ『写ミール』を企画開発販売。2006年光ディスク傷付防止用『ソフトビーズ®加工紙』を開発。2012年co-lab渋谷アトリエに移転、紙とデジタルを融合させたクリエイターとして活動中。

ブランド戦略の草分けと言える百貨店のショッピングバッグを考案

——紙に関する最初の仕事は…。

小杉大学でデザインを専攻し卒業して、一度大日本文具株式会社(現ぺんてる)に入社したのですが、本来したい開発の仕事ができないと解り、退社しました。その後、紙の開発会社株式会社王子カミカの設立に伴い、取締役商品開発部長としての参加依頼があったので、お受けしたのですが、そこで紙に関する開発に携わったのが、紙との関わりを持った最初になります。しかし20代後半で王子製紙の子会社の役員に就任してしまったので、関連会社の役員会に出席すると、孫ほども年齢が違い浮いた存在で、たっぷりと苦労しましたが、そのおかげでお年寄りとの付き合い方だけは上手くなりました。

当時から、人がやっていないことを実現することに興味があり、王子製紙のアニュアルレポート(年次事業報告書)の制作を提案したり、大丸百貨店の手提げ紙袋の原紙「王子バックナチュラル」を開発しました。特筆したいのが、大丸百貨店のショッピングバッグを企画提案し制作したことでしょうか。当時のショッピングバッグは翌月の催事に関する広告媒体として使われていて、絵柄が広告でした。昔は商品を風呂敷で包んで、お客様にお渡ししていたはずなのです。そんなおもてなしの精神に戻るべきだと考え、それに相応しいデザインのショッピングバッグを作りたいと思ったわけです。紙の素材には木の繊維が入った和紙調のものにして、当時の大丸百貨店の企業カラーが4色のピーコックカラーでしたので、赤と青と緑とクラフトの4色でデザインし、袋の上部にDAIMARUと文字を入れただけのショッピングバッグを考えました。

——今日のブランド戦略の草分け的な仕事だったのでは…。

小杉そういうことになりますかね。とにかく企業名を出さないということで、それまでのショッピングバッグの考え方と180度異なるものにしたかったわけです。お客様がバッグを持ち帰って中の商品を出した後でも、捨てないで取って置いてもらい、買い物に出かける時にまたそのバッグを持って出てもらうものを作りたかったのです。しかし、抄紙的にはあまりにも突飛なことでしたので、工場の技術者から猛反発を受けました。それでも、なんとかトップを口説き落とし、生産にこぎつけた記憶があります。結局、好評を博して、10年以上、その手提げ袋を使っていただきました。

——そこから、「紙の仕事人」として歩まれるようになったわけですね。

小杉そうですね。こころからのものづくりを理念とし、ユニバーサルでエコロジー、そしてエコノミーなモノを創っていく上で、紙が最良で最も適しているという考えに至ったわけです。この考えは今でも基本的に変わっていません。

——なるほど。会社を設立されてからは、立石電機(現オムロン)の電子体温計『けんおんくん』の商品企画・販売提案からネーミング・CF制作・パッケージ製造に携わっていますね。

小杉最初にこの電子体温計(病院用特注品)を見た時に、体温に対する皆の意識が変わっていくのでは、という衝撃を受けました。体温がデジタルの数字で表示され、子供でも読み取れる電子体温計ということに感銘し、世に出したい衝動に駆られたのです。それで、健康をキーワードにして販売すれば、一般家庭でも普及すると考え、立石電機さんにこの商品の上市を提案しました。名前を『けんおんくん®』と命名し、商品企画を提出したところ、「では、始めましょう」と返事をいただき、薬局を通じて販売することになりました。その時にパッケージデザインから販売戦略まで全て任せていただいたのを覚えています。

『CDメールパック®』を開発し、2億7000万枚の大ヒットに

——エポックメーキングな商品と言える『CDメールバック®』を自主開発され、大ヒットしましたが…。

小杉これからは自分で商品を開発していくべきだと一念発起し、商品開発に取り組みました。CDの直径が12cmということと、定形郵便の封筒の最大寸法が12cmということに気づき、CDをマジック的に封筒に入れ、定形郵便で郵送できるパッケージを開発しようと決心し、1年間必死で考えた末開発したのが『CDメールパック®』です。自ら営業活動し、音楽関係会社約300社に電話し訪問しました。100%に近い面談で、皆さんCDメールパックのメリットには興味を示してもらえたのですが、いざ購入を勧めると、「実際に郵送することがないので必要ない」と、口をそろえて全ての会社に断られてしまいました。それが知人のツテでソニーさんに出向いた時に、タイミング良くビデオCDが発売される寸前で、DM用のパッケージとして丁度良いということで、CDメールパックを使ってもらえることになったのです。最大手のソニーさんで採用されたことがきっかけとなり、その後、他のメーカーさんから次々と受注をいただくようになりました。さらにインターネットの時代と重なり、プロバイダーさんの入会用として全社に採用され、発売開始から10余年で2億7000万枚も製造販売することができました。

しかし、70歳になる寸前、100歳を過ぎてもお元気で社会貢献の活動をされている日野原重明先生(聖路加国際病院名誉院長)の講演を聴いて、感銘を受けたのが転機となったのです。今までとは違った働き方をしていきたいという想いに駆られて、千代田区の平河町にあった会社を閉めました。そして、いろいろ探した結果、このco-lab渋谷アトリエに移ってきました。

ここはシェアオフィスの形態ではありますが、コラボという名前が示すように、皆でコラボして仕事をしていく雰囲気があります。工房があって、さまざまなデジタルの工作機器が設置してあり、紙商品からIT製品まで試作品を作ることができるようになっているのが特徴です。もう2年になりますが、毎日刺激があって、こちらのオフィスに移って本当に良かったと思っています。

——昨年には「マテリアル・ガーデン」をオープンされましたが、コンセプトは?

小杉co-lab西麻布において、プロダクトの創造に関わるプランナーやデザイナー、技術者などの方が、「素材+活用」の新しい視点に出会える場を設けようと、企画・運営しています。ここでは専門家の人たちが気軽にブレインストーミングを行ってアイデアを出し合ったり、素材開発や商品開発のコンサルティングの場にしたり、プロのための学び・交流の場としていくことを目指しています。そして、紙とデジタルが融合した新しい分野にもチャレンジしています。

紙とデジタルを融合させた新しい製品開発を目指していく

——今年の7月には、同志の方々と「紙のエレクトロニクス応用研究会」を立ち上げられ、幹事に就いてらっしゃいますが…。

小杉はい。紙のエレクトロニクス応用研究を積極的に推進し、製品やサービスの開発、ソリューション提供を行って、関連業界にイノベーションの波を起こしていくことを目的にしています。代表幹事は筑波大学の江前教授で、大学の研究機関や製紙・印刷関連メーカー、クリエイターの方々で構成されています。将来、NPO法人にするために、さまざまなミッションに取り組んでいくつもりです。

もはや紙の時代ではないと言われていますが、私は紙を生き残らせたいと考えていて、そのための手法がまだまだあると思っています。例えば、東大の川原教授が、三菱製紙が開発製造した電子回路の配線用に使えるインク「銀ナノインク」を活用して、家庭用のインクジェットプリンターで電子回路素子を印刷する技術を開発しました。また先日、大日本印刷が折り曲げたりして圧力を印刷面にかけると、インクが発光する「応用発光印刷」を開発しましたが、これは偽造防止効果に役立つ技術として注目されてくるでしょう。このように紙とデジタルを組み合わせることによって、新しい価値ある紙に進化して、紙素材がデジタル時代でも生き残っていけるようになると考えています。ただし、紙とIT技術を融合させて製品化するにしても、基本的には生活に役立つものであるとか、楽しくなるものを創っていくことが、私のテーマになっています。

——印刷業については…。

小杉いろいろな印刷会社をコンサルタントしてきましたが、やはりトップが変えようという強い意思を持っていなければ変わることはできないと思っています。今のうちに投資して新しいことにチャレンジしていかないと、印刷業だけでは成り立たない時代がすぐそこまで来ています。この前、銀行マンだった人が、名刺印刷サービスを始めたのですが、その仕事ぶりを見させていただくと、実に効率的に行っていて感心しました。デジタルデータで入稿された名刺データを、そのまま自動的にオンデマンド印刷機で刷って、しかも決済処理まで行う仕組みを構築していました。そして、その日の夕方には名刺を発送するようにしているのですが、全ての工程で人が介入する必要がほとんどないわけです。24時間データ入稿を受け付けていて、アルバイトでも操作できるようにマニュアル化していました。パッケージも工夫されていて、他社とは一線を画すデザインでした。そんな名刺印刷に特化したビジネスを元銀行マンの方がやっているわけなのです。

このように後発で畑違いから参入してきた人でも、効率的なワークフローを構築すれば印刷業を軌道に乗せることは可能だということです。そのためには、システムへの投資やITシステムの導入、パッケージデザイン、運営方法、決済方法などのバックヤードの構築が求められます。印刷会社さんには、これまでやってきた印刷ビジネスを振り返って、工場や生産工程、仕事の中身、あるいはクライアントを、全く別の角度から見直すことが大事なのかなと思います。そうすることで印刷業とは違った新しいビジネスの発想が生まれてくるのではないでしょうか。

大丸百貨店のショッピングバッグ

当時、小杉さんが企画提案・制作した大丸百貨店のショッピングバッグ

『CDメールパック®』

『CDメールパック®』

もはや紙の時代ではないと言われますが、私は紙を生き残らせるための手段が、まだあると思っています。

———— 小杉 博俊

株式会社 システムクリエイツのホームページ
http://www.systemcreates.co.jp/

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