月刊GCJ
GCJパーソンズ

(218) 江原 常人

顧客に寄り添い対話を通じて価値あるデザインを提案する

35年にわたってデザイン事業を展開してきた株式会社スタジオ・エーワンの代表取締役 江原常人氏。印刷業界同様に、グラフィックデザインも多くの企業がひしめく業界であるが、同社ではクライアントの課題についてディレクターとデザイナーが戦略的に解決策を提案し、ニーズに応えることで成長してきた。「顧客に寄り添い対話を通じて価値ある提案をする」というのがモットーだ。パッケージデザインを主軸にするも、早くからブランディング、ディスプレイ、各種広告制作などトータルで顧客のプロモーション施策をサポートしてきた。最近ではバーチャルキャラクターを使ったプロモーション動画制作も開始し、ビジネス領域を拡大している。江原社長にデザイン業務の遍歴、デザインに対する考え方など多岐にわたって話を伺った

江原 常人 EHARA TSUNEHITO

PROFILE

1957年埼玉県生まれ。東京工芸大学工学部卒業後、総合広告代理店の東栄広告株式会社に入社。88年デザイン事務所スタジオ・エーワンを設立。89年有限会社スタジオ・エーワンに法人登記。95年株式会社スタジオ・エーワンに組織変更。広告デザイン、パッケージデザイン、ブランディングデザインを中心に35年間クライアントに寄り添い幅広いデザイン業を展開。最近はバーチャルキャラクターを使った動画制作も開始し、紙とデジタルを融合させたトータルデザインを提案している。公益社団法人日本パッケージデザイン協会法人会員

クライアントから直に仕事を受けるのをモットーにしている

Q 独立されてデザイン会社を設立されるまでの経緯を教えてください。

実は、高校時代に報道カメラマンを目指そうとしたのですが、当時の教師のアドバイスで大学に入っておくのが良いと言われて、東京工芸大学に入学しました。同校は小西六写真工業(現コニカミノルタ)の7代目杉浦六右衛門により、小西写真専門学校として1923年に設立された大学です。カメラに関心がありましたから写真工学を学び、就職では共同通信社の入社試験を受けたのですが、まず試験全部が英語での出題で、あえなく撃沈したわけです。就職せずにしばらくフリーで気ままに過ごそうかとも思いましたが、家族の事情もあって仕事に就くべきだということで、広告代理店に入社しました。でも、入社した当時の広告代理店は紙媒体の広告が主体で、誰が営業しても取れるような時代で、その営業の仕方が自分には合わなかったわけです。それで将来性があると思われる小さな企業から勝手に新規広告を取ってきたりしたので、上司と軋轢が生じるようになりました。会社にいると新しいことがやれないと思い、3年目に退職しフリーになりました。

Q フリーから法人登記をした頃はいかがでしたか?

フリーになってからは、撮影を中心に広告の仕事を始めました。しばらくフリーを続けてからスタジオ・エーワンで法人登記をしてデザイン事務所を立ち上げたわけですが、私自身は広告を取る営業から撮影・企画・進行管理全般を、デザイン制作ではデザイナーを採用し、事業を展開していきました。その頃から前の会社とは繋がりがあり、結局いろいろと目をかけていただき、35年経った今でも関係が続いています。

Q 転機となった仕事は何でしょうか?

当社は、クライアントに直接伺って直に仕事をいただくことをモットーにしています。打ち合わせをしていますと、お客様からいろいろな話をいただくのですが、最初の大きな仕事と言えば、スーパーの紀ノ国屋さんから店内装飾、ディスプレイ、販促の仕事をトータルで受注したことでしょうか。それが契機となって他のスーパーさんからも声がかかって仕事をいただけるようになりました。そこから流通業界や食品メーカーとの繋がりができたことが分岐点と言るでしょう。パッケージデザインを主体にさまざまな広告やプロモーション施策の仕事を受注するようになり、今日の基盤が確立されたように思います。食品メーカーのプライベートブランドを請け負うようになりますと、パッケージデザインだけでなく、ロゴ、ネーミング、CI、VIなど、トータルにデザインをプロデュースさせていただくようになりました。

Q 最近は動画制作もされていらっしゃいますね。

インターネット環境さえ整っていれば、YouTubeなどの動画で情報を配信することができますから、動画で販促することが求められてきています。もはや紙媒体だけでは難しい時代になりました。例えば、当社の顧客の全農さんは、保育園や小学校の子どもたちに「食育」を身に付けさせる絵本を制作していたのですが、コロナ禍ということもあって全農の社員が子どもたちのところに出向いて行けなくなったのを機に、絵本の内容を動画化する企画を提案し制作しました。

バーチャル販売員などの動画制作も積極的に展開

Q 絵本を動画にすれば、子どもたちはより関心を持ってくれそうですね。

ええ。絵本に関しては親御さんが読み聞かせることでまだまだ需要があると思いますが、ただし、子どもたちは絵本にしても動画にしてもすぐに飽きてしまうところがあるので、動物とか虫を登場させて興味を引くようにしたのです。子どもたちは動物や虫が出てくると喜びますから、それらを散りばめて絵本を作っています。要は子どもの目線に立って作っていくことがポイントです

Q バーチャルキャラクターを使った動画制作も始められたそうですが…。

はい。実際のタレントに登場していただくよりも安全でスピーディに実演販売するバーチャルキャラクター(バーチャル販売員 )の動画制作を始めました。お客様と販売員をオンライン通信で接続したうえで、販売員がアバターとして接客するシステムです。オンライン通信技術とキャラクターアニメーション技術、クロマキー技術の組み合わせで構成されています。このバーチャル販売員は無人店舗での販促、多言語対応、人手不足の解消、2D・3Dオリジナルキャラクターの制作といったメリットによってニーズが高まってきています。

さらに映像技術が進歩すれば、新しい適用先が見いだされ、お客様の価値観の変化に伴いさまざまな販促動画に利用され市場が拡大していくはずです。これまでグラフィックデザイナーは紙媒体の制作を専門にしていましたが、これからはWebサイトをはじめ、動画市場でデザイン力を活かしていくことが、生き残っていく上で重要になってくるでしょう。今はネット上の動画やYouTubeでの配信を利用したいと考えている企業が多くなっています。ビジネス領域の拡大、新市場への参入を考えて、バーチャルキャラクターを利用したクリエイティブなサービスにも注力していく考えです。

Q 御社では具体的にどのような提案をされていらっしゃるのですか?

まず、実際に動画を作って見せないと、お客様になかなか理解してもらえません。とにかく2、3パターンのラフ動画を作ってイメージを掴んでいただくことをしています。それで了解が得られれば実際に作り込んでいきます。ラフでも実際に作ってしまうと、その良さを分かっていただけますし、具体的な要望が出やすくなり、受注に結び付きやすくなるものです。

最近増えつつあるのが、ECサイトを作り、その後商品紹介の動画を作ってYouTubeで配信していく方法です。デザイン会社も単に商品のパッケージデザインだけを考えているだけでは駄目です。商品を手に取ってもらうためにはどうすればよいのか、買ってもらうにはどうすればよいのか、パッケージデザインだけを考えるのではなく、メーカーの考えや意向を汲んだデザインが求められます。メーカーにとっては店舗に商品を置いてもらわないといけませんから、バイヤーを説得するためにプロモーションマーケティングから提案できるパンフレットや展示会のディスプレイなどが必要になってきます。ですから、消費者の動向を示して、その動向に沿った企画を提案できなければなりません。結局、顧客には予算がありますから、企画を持って行ってプロモーションのための予算を取っていただかないと、私たちの仕事が生じないわけですから、予算を取っていただく提案をするということを認識しておくことが重要です。そして、デザイナーはターゲットになる購買層に照準を合わせたデザインをコーディネートしていく力が求められてきます。

顧客の情報を有効活用し、価値あるデザインの提案を

Q デザイン会社もマーケティングに精通して、トータルデザインで臨む時代になっているということですね。

はい。昔は広告代理店がコントロールして、映像は映像制作会社に、紙媒体はそれが強い制作会社に、WebサイトはWebデザイナーというように棲み分けていましたが、今のデザイン会社はそれぞれが持っている経営資源を駆使してトータルデザインで臨む経営が求められています。もちろん小規模のデザイン会社1社だけでは難しいですから、ネットワークやコラボで他社と協同でプロモーションの仕事を進めていくことも必要でしょう。つまり、デザインコンサルティングやブランディングデザインという経営スタイルが重要になっています。これは印刷会社にも言えることではないでしょうか。ただ刷り部数とコストだけを気にするのでなく、クリエイティブ性を追求して、消費者が手に取って見てもらえる紙媒体を作ることを目的にすべきだと思います。価格競争に巻き込まれてしまうと、結局体力がある大手印刷通販会社には叶いません。中小の印刷会社は、独自の強みを持って価値ある印刷物を作ることに注力していくことが重要ではないでしょうか。

Q 御社の営業スタイルについてお聞かせください。

経営方針と言いましょうか、モットーにしていることは、顧客に寄り添い対話を通じて価値あるデザインを提案していくということです。クライアントから直に仕事をいただく営業をしていますから、出向いていくことが多いのですが、私が営業する時には必ずデザイナーを同席させます。ヒアリングからクロージングなど一連の営業トークは私が進めますが、デザインの話になりますと、デザイナーに意見を言わせています。その仕事を受注できましたら、私はその案件ではプロデューサーとなり、後はデザイナーとクライアントが直に話し合って制作を進めていくようにしています。ですから、デザイナーは机上だけで仕事をしないで、売り場を見ることで自分が関わった仕事がどのように作られて売り場に陳列されているのか、また使われているのかをしっかりと見ることが大事だと思っています。とかくネット社会で現場を見ないままデザインしたり、顧客のところに足を運ばない状況が増えたりしますが、やはり実際に行動しリアルな状況を知ることは大切です。例えば、動物のサルを描くにしてもただ図鑑だけを見て描くのではなく、実際に動物園に行って実物のサルを観察して描くことで、サルの動きや鳴き声が分かるというものです。そこから新たな発見もあるでしょうし、リアルな状況から新たなアイデアや企画が生まれるのではないでしょうか。

Q デザイン会社の立場から印刷会社へアドバイスをいただけますか?

お客様のパンフレットやカタログを作っていると思いますが、消費者は実際のところそれら紙媒体をなかなか見てくれないのが実情です。その紙媒体の情報を基に動画など実際に見てくれる媒体を作っていくとか、あるいは内部資料をお客様と共に作っていくことは、今までのデザイン制作と大して変わりはありません。従来作っていた紙媒体と同様、切り口を変えるだけで価値ある媒体を作ることは可能です。動画制作も映像会社が使っている高度な機材やソフトを使わなくても、WebサイトやYouTubeで配信する動画なら印刷会社であっても十分作ることができます。とにかく、お客様の情報を持っているわけですから、それを有効活用して消費者に見てもらえるモノづくりに努めていくことが、印刷会社の1つの方向ではないでしょうか。これは印刷会社だけでなく、私たちデザインに携わる者全てに言えることです。

デザインコンサルティングやブランディングデザインという
経営スタイルが重要になっています。

————江原 常人