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(168) 今野 浩一郎

高齢社員を戦力化するための人事管理を!

少子高齢化に伴う労働力不足で、企業はいかに労働力を確保するかが大きな課題になっている。特に中小企業は、若い社員を確保することがますます困難になってくるため切実な問題だ。そこで定年退職した高齢者を戦力として再雇用する経営戦略が求められてくるが、そのためには人事管理を整備する必要がある。学習院大学経済学部経営学科教授の今野浩一郎さんは、90年代から人事管理を専門に研究し、2007年には「70歳まで働ける企業」基盤作り推進委員会(独立行政法人 高齢・障害者雇用支援機構)の委員長に就任するなど、高齢社員の戦力化を訴え続けてきた第一人者である。2014年には著書『高齢社員の人事管理』を出版し高い評価を得ている。そんな今野教授に、高齢社員を活用することの意義と高齢社員の人事管理の考え方について話を伺った。

今野 浩一郎 IMANO KOICHIRO

PROFILE

1946年東京生まれ。1971年東京工業大学工学部経営工学科卒業。1973年神奈川大学工学部助手。1980年東京学芸大学教育学部講師。1982年同大学助教授。1992年学習院大学経済学部経営学科教授。2017年退職。2007年「『70歳まで働ける企業』基盤作り推進委員会」(独立行政法人 高齢・障害者雇用支援機構)の委員長に就任。厚生労働省関連の研究会等で座長・委員を歴任。著書は『人事管理入門』(日本経済新聞出版社)、『個と組織の成果主義』(編著、中央経済社)、『高齢社員の人事管理』(中央経済社)ほか多数。

将来を見据えてキャリアを選択できる「二段階定年制」

——現在の定年制についてはどう思われますか?

今野企業は、希望者がいれば65歳まで継続して雇用することが義務づけられています。現在のほとんどの企業は60歳定年制をとっていますが、実質的には65歳定年と言ってよいでしょう。従来の60歳定年は雇用を終了する機能を持っていました。本人が働きたいと思っても、定年ということで働けなかったわけです。しかし、今日では60歳を定年にしても、定年を迎えても働き続けたいという気持ちがあれば、働き続けられるようになりました。人手不足の中で高齢社員を活用することが大切になっていることから、状況が変わったわけです。

——年金支給開始が65歳に引き上げられた点も関係してくるのでしょうか?

今野そうですね。65歳まで企業に雇用確保を求める国の考えの背景には、その年金のことがあります。ヨーロッパの先進国の相場を見ますと、年金の支給は65歳を超える方向に動いていて、67歳や68歳にしている国が出てきています。そうしないと、年金財政が持たないからです。日本も同じ状況ですから、65歳を超えても働かざるをえない状況が生まれてくるのです。そうなると、ポイントとしては60歳を超えても働き続けることができる社会や、企業の人事管理体制を築くことが大切になってきます。高齢者をいかに戦力として雇用していくかが問われているのが、今日の日本の労働環境なのです。

——著書の中で示されている「二段階定年制」とはどういうことなのでしょうか?

今野働く期間が長くなりますと、高齢になっても高い役職を目指して登り続けていくことは、体力的なことや生活を考慮すると、無理と言わざるをえません。どこかでピークを迎えますから、企業としては「のぼるキャリア」からの転換を求め、降りてもらう必要が出てくるわけです。では、どの時点で降りるかと言えば、60歳定年がその降りる機会になっているわけです。60歳になれば管理職を辞めてもらって、若い人の下で働いてもらうようにするという、きっかけにしているのです。しかし、長年頑張って働いてきた社員にしてみれば、明日から若い人の下で働いてほしいと言われても戸惑いますし、抵抗もあります。その時に60歳定年であれば皆さん仕方ないということで従ってくれるわけです。ですから、人事で混乱を避けるためにも60歳定年制を残しておいたほうが良いと思います。

しかし、若い人の下で働くためには、若い人たちと同じような仕事をしなければなりませんから、その準備をしなければなりません。40歳台後半で将来のキャリアを決めることが大切だと考えて、40歳台後半の時期を第一定年と位置付けました。定年後も一貫して社内に留まるか、転職や独立など社外キャリアを目指すのかを考えてもらうのです。大切なことは、社員が自らキャリアを考え、選択することを支援するための教育機会を企業が設けることです。

重要なのは「人」ではなく「コト」で雇用すること

——具体的にはどのような施策があるのでしょうか? 

今野社員は会社の『人材ニーズを知る』ことを通して、高齢期のキャリア・プランを作ること。また、高齢期の働き方や役割に向かって『自分を変える』ことや能力を再開発することです。例えば、1人で仕事を遂行する力をつけるために、必要なIT等のスキル研修を行う、といったことに取り組む必要があるでしょう。そして、それらの教育や研修を得て60歳台を迎えて第二の定年になった時に、キャリアを変更してもらうのです。

——なるほど。定年後の進路について早い段階から準備をしておくのですね。

今野高齢社員と仕事をどのようにマッチングさせるかが根底で重要になるからです。人材斡旋会社の担当者が言うには、中小企業では40歳台以降の中高年を中途採用する際に、「元気で、有能で、コミュニケーション力がある人」ということを、経営者からよく言われるそうです。そう言われても、実際にそんな人はいないわけです。人材斡旋会社としては、「具体的に何をして欲しいかをはっきりしてほしい」と言います。その仕事に合った人を探せばよいのです。重要なのは「人」ではなく、「コト」なのです。人を見るのではなく、役割を明確にして何をしてほしいかをはっきりさせることが重要だということです。その「コト」がはっきりすれば、高齢者にも職業分野を越えてマッチングさせることができる仕事が意外とあると、人材斡旋会社は言っています。

——60歳台の人たちはまだまだ若く、元気な人たちが多いですから、再雇用も可能ということでしょうか?

今野はい。中小企業では若い人たちを雇用するのがだんだんと難しくなっていますから、大企業で退職した60歳台の人で働きたい人は結構いますから、そういう人たちを雇用し、活用していくことができるのではないでしょうか。一方、中小企業でそれぞれ技能を持って働いてきた人、例えば、印刷会社で言えば印刷機のオペレーターなどは、再雇用で従来の仕事をそのまま継続してやってもらうということで問題ないでしょう。その際には高齢者ということで、フレックスタイム制にするなり、労働時間を短縮するなりして、勤務形態を柔軟に考えるのも良いかもしれません。ただし、高齢者を活用するに当たって、成果を期待しないで単に雇用する「福祉的雇用」だけは避けなければなりません。高齢社員を戦力として考え、仕事面で期待していかないと、高齢社員も高い意欲を持って仕事に取り組もうという気持ちが、薄れるからです。福祉的雇用の人事管理であってはいけません。

企業は高齢者の雇用に「本気」になり、高齢者は働くことを「覚悟」する

——では、賃金制度についてはどのように変えていくべきだとお考えですか?

今野定年を契機に一気に賃金を下げると、高齢社員の抵抗が強くなり、それが仕事のモチベーションに悪影響を及ぼす恐れがあります。そこで高齢社員の賃金を合理的に決める必要があります。それは雇用期間が短いことなどを考えますと、仕事の中身や役割に応じて決めるということになります。現役社員の人たちと比較して、例えば30歳くらいの人たちと同じ役割や仕事をさせるのであれば、賃金も30歳くらいに定めるというようにすることが妥当ではないでしょうか。

いずれにしても、定年を契機に役割が変われば、賃金が下がることには変わりはありません。賃金が下がることを合理的に説明し、理解させることが不可欠になります。理解してもらうためのポイントとしては、「現役社員と高齢社員は異なるタイプの社員であること」「現役社員にとっての合理的な賃金制度と高齢社員にとっての合理的な賃金制度は異なること」「両者を接合した賃金制度は合理的であり、その際に起こる賃金変化(つまり低下)は合理的な変化であること」の3点が挙げられます。それらをしっかりと説明できるようにしておくことが大切です。

——高齢者を本格的に活用する時代がやってきて、高齢者の中にももっと働きたい人が増えているようですが……。

今野はい。働きたいという潜在的なニーズはかなりあると思います。しかし、企業は高齢者を活用することに対してはまだまだ消極的ですし、高齢者の雇用環境は厳しいものがあります。ですから、企業は高齢者を雇用し活用することに「本気になること」が重要になるでしょう。大企業の場合は、高齢者を戦力として雇用するために人事管理を整え、制度を設ける必要が出てくるかもしれません。一方、中小企業の場合は経営者の考え方ひとつで、高齢者を雇用し戦力として使っていけると思うのです。だから、60歳で定年となった社員を雇用していくような人事体制に転換することをお勧めします。

今後は60歳を超えて働くことが普通になっていくことが予想されますし、市場では労働力不足から、60歳以上の高齢者を雇用する機会がますます増えていくでしょう。

——なるほど。では、高齢社員に求められることは何でしょうか?

今野変わらなければならないのは企業だけではありません。高齢社員も変わる必要があります。60歳を超えても働くという意識を持ち、働き方とキャリアをどう作っていくべきか、また、どう変えていくかを現役の時から考えていく必要があります。「60歳定年+年金生活」が難しい時代になりました。60歳を超えて高齢者になっても働き続けることを「覚悟する」ことが必要になりました。覚悟がない限り、困難を乗り越える力も問題を解決するアイデアも生まれてこないでしょう。それから、「現役社員の力になる」という視点に立って、職場に貢献できる仕事や働き方を見つけることも重要な要素になります。そして、企業は高齢社員であっても給料に見合う仕事をこなしてもらうよう戦力として考えるようになります。そうなれば、高齢者は「働くことは稼ぐこと」という意識を持つことが大切になります。

著書『アドテクノロジーの教科書』

著書 『高齢社員の人事管理』

高齢者を「福祉的雇用」ではなく、いかに戦力として雇用していくかが問われています。

———— 今野 浩一郎

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