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(159) いとう良一

イラスト団体を運営する手描きイラストレーター

イラストレーターになる人の経歴はさまざまである。今回はコンピュータのSEを経て、看板製作、印刷製版会社に勤務した後、製版の職人を経験しイラストレーターになった、いとう良一さん。作品は全て手描きという職人気質だ。グラフィックデザインや印刷の知識も持ち合わせており、各種媒体制作も請け負える。そんな異色の経歴を持ついとうさんは、一昨年、イラストレーターの仲間3人とイラストの団体「The Illustainers(イラステイナーズ)」を立ち上げた。『日常にアートを!!』を掲げて、「展示会に足を運べない人たちのために、地域の身近なところで絵を見てもらいたい」という想いから、巡回展や展示会等の運営を展開している。イラストレーターになった経緯や仕事のこと、イラステイナーズの現状など、幅広くイラストについて話を伺った。

いとう良一 ITO RYOICHI

PROFILE

1961年東京都生まれ。法政大学工学部建築学科卒(都市計画専攻)。コンピュータSE、印刷製版会社に勤務後、独立して製版の職人となる。その後フリーのイラストレーターとして活動。色鉛筆、透明水彩、パステル等の手描きのイラストを描く。1994年以降数多くの個展やグループ展を開催。2014年「The Illustainers(イラステイナーズ)」をイラストレーター3人と設立し代表に就く。日本図書設計家協会会員。2007年著書『やっぱりペンギンは飛んでいる!!』(技術評論社)出版。

製版会社での仕事が面白く毎日会社に行くのが楽しみだった

——イラストレーターになられた経緯は?

いとう9最初からイラストレ―ターを目指したわけではありませんでした。大学卒業後は大手電機メーカーの関連会社に就職し、コンピュータのSEを1年ほど経験し、その後看板の製作会社でレタリングの仕事をした経験もあります。製版会社に中途入社したのですが、製版の仕事が面白くて毎日会社に行くのが楽しかったです。入社し半年後には社内で売上トップになったほどです。1年過ぎたらもう2人の新人を教える立場になっていましたから、いかに製版の仕事が自分に向いていたかが分かりました。製版会社に勤めていた頃が個人的には最盛期だったかもしれませんね。(笑)

——そうなんですか。製版会社での経験がその後の人生に影響を与えたのでしょうか?

いとう9そうですね。当時は広告代理店経由や大手印刷会社から、さまざまな印刷物が入ってきて、毎日クオリティの高いデザインに触れていましたから、自然とデザインやイラストを見る目を養うことができたと思います。それが今日のイラストの仕事に大きく役立っているのは確かです。またデザインに関してもプロとは言えないながらも、それが活きていると分かるからだと思います。印刷の仕事全般も理解できていますから、印刷媒体の制作を頼まれても応えることはできます。お客様にいろいろと提案もできるのでプラスになっています。

——なるほど。では、会社としてはそのまま残って欲しかったのでは……。

いとう9はい。でも、最初からそのつもりはなく、2年半で会社を辞めました。それでも製版の仕事は好きでしたから、フリーの製版職人として、2年間ほど続けました。当時、バブルで景気が非常に良い時代で、単価は高かったですから、結構稼ぐことができました。でも、体がきつくなってきたこともあって、仕事を辞めたのです。充電期間と言いましょうか、しばらく休養しようと、絵を描き始めたのです。私が絵を描いていることを知った知り合いから、ギャラリーに展示することができるので、絵を出展しないかと誘われたのが、イラストレーターとしてスタートしたきっかけと言えるでしょうか。その展示会は現在でも続いていて、毎年作品を出展しています。

——なるほど。いきなり展示会デビューとなったわけですね。

いとう9そうなのですが、まだ本格的にイラストを仕事にしていたわけではありませんでした。その頃インターネットが普及し始めたので、HTMLの知識を独学で覚えて、ホームページを作ったりして、絵の仲間と交流するようになりました。徐々にイラストの世界に進むようになったという感じです。

——そうですか。ところで、どのようなイラストを描かれているのでしょうか?

いとう9色鉛筆、透明水彩、パステルなど手描きで描くことが自分の特徴になっています。昔から手描きでしたので、そのまま自然に描き続けて手描きが専門になったという感じです。建築学科出身なので空間を描き出すことも得意です。アピールとしては、仕事の速さ、納期厳守でお客様から高い評価をいただいている点でしょうか。同時に1枚の絵としても鑑賞に堪えるイラストを描きたいと思っており、オリジナル絵画のストック数は数百点あります。

——他のイラストレーターの人たちの実情はどうなのでしょうか?

いとう9なかなか厳しくて、アルバイトもしながらという方も少なくないようです。また高齢になりますと、原稿料の問題や世代が離れているためにお客様のほうから頼みにくいという現実があります。聞いたところによりますと、具象的なイラストを描いている方でも、空間を表現するのが苦手な方は多いようです。何でも描けるというイラストレーターの方が少ないです。自分も人物は苦手だったりしますが。

それとイラストレーターは、お客様から依頼を受けて絵を描くのが仕事で、好きな絵だけを描くという仕事ではありません。若い人の間には好きな絵を描いて生活したいと考えている人がいるのですが、それはイラストレーターではありません。お客様は自社の商品などを売るためのイラストをお願いしているわけですから、その商品が売れるような絵を描いて、ニーズに応えていくことが必要です。それがプロのイラストレーターのあり方だと考えています。

「イラステイナーズ」で巡回展を開催し、地元の人に見てもらう

——プロのイラストレーターたちを集めて設立した団体『The Illustainers(イラステイナーズ)』について教えてください。

いとう『The Illustainers』は、「illustrators」と「entertainment」を融合させた言葉です。2014年に私と3人のプロのイラストレーターで設立しました。巡回展や展示会を通じて、一般の人たちにもっと身近に絵を楽しんでいただくことを目的にしています。メンバーは展示会への出展だけでなく、イラストレーター同士の横のつながりを作ることも可能です。ただし、イラストレーターなら誰でもメンバーになれるわけではなく、僭越ではありますが、招待させていただく方のみを会員とするルールになっています。メンバーになる資格は、絵のクオリティだけが全てではありません。展示会を開催していますので、そのイラストレーターの作品が展示会に向いているかどうかの部分でも審査します。プロのイラストレーターで、しかも良い世界感を持っている人に限定させていただいています。メンバーは現在57人までに増えました。

——他のイラストレーターの団体とは趣が異なっていますね。

いとうええ。私たちは会費をいただいていません。会費をいただくと、義務・責任が生じますから、あえてお金を徴収しないわけです。ただし、巡回展や展示会に出展する場合は、設営などで運営費が発生しますから、最低限の料金はいただきます。そうしないと、ただ働きに終わってしまいますからね。それから運営の4人は、自分の仕事と生活を優先するのを基本としています。

——運営されていて、どのような効果や利点がありますか?

いとうお陰様で優秀なイラストレーターの人たちが集まっていますから、私個人は代表の肩書きをいただき、信頼感を得られるという十分すぎるメリットがあります。お客様から仕事の相談がある場合もあって、その時にその仕事に向いていそうなメンバーを推薦したりとか、私ができない仕事があったときには、できる人を探して連絡を取り付けたりすることもしています。

とにかく、私たちのイラストを一般の人に見ていただくのが目的です。暮らしの中にアートを取り入れてもらって、もっと絵を身近に感じてもらいたいのです。巡回展のコンセプトは、なんとかして地元の皆さんに絵を見ていただこうと、ギャラリーをこちらから用意し、絵を持って行くというコンセプトで運営しています。

介護や福祉関係と結び付きを強めてイラストレーターの仕事を増やしたい

——巡回展はどういうところで開催されているのでしょうか?

いとう地元の下北沢のカフェや新潟のギャラリーカフェでも開催しました。作品はパネル展示しています。世田谷区用賀と千葉県佐倉市にあるJALのグループ会社が運営する介護施設「ソルシアス」で10月から1年間、当団体の展示会を行うことになりました。新しい巡回展になればと考えています。そこは施設利用者だけでなく地域の人も自由に鑑賞」してもらい、地域に開かれた施設になっていきたいと努力されている施設です。その一環として展示会も考えているようなので、私たちの考えと合致するところがあると言えるでしょう。10月には60点の作品を展示する予定で進めていて、現在、出展者や作品が決まりつつあります。

——今後はどのようなビジョンをお持ちですか?

いとうイラステイナーズでは、巡回展や展示会への出展、また団体を通じて、各メンバーが自分の仕事に結びつけてもらえればと思っています。積極的に地方での展示会を開催し広げていきたいです。また、前述した介護施設とも結びつきを深めていく予定ですが、ボランティアとして、みんな趣味で描いているわけではないので、仕事として成り立つことが大事だと思います。自分のメリットになることで社会貢献にもなるのが良いと思っています。今後は介護関係や福祉関係の仕事が増えていくことが予想されますから、介護される方の状況や体の状態、認知症、施設の動向、介護市場などさまざまな状況を知る手立てにもなりますし、関係を深めていくことで仕事に繋がるチャンスも広がるのではないでしょうか。それだけでもメリットがあると考えています。

いとうさんの透明水彩画の作品「池の上駅を望む」

いとうさんの透明水彩画の作品「池の上駅を望む」

いとう良一作品集ギャラリー

いとう良一作品集ギャラリー
http://www.1b-town.com/

暮らしの中にアートを取り入れてもらって、もっと絵を身近に感じてもらいたいのです

———— いとう良一

掲載号(2016年7月号)を見る