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(206) 寶積 昌彦

印刷会社を支援する印刷業界専門の中小企業診断士

経営コンサルタントの国家資格として中小企業の経営改善に携わり、さまざまな方面からアドバイスをする中小企業診断士。キャリアアップや転職をする場合の強みにしようと、毎年1万4,000人前後の受験者数があるという。印刷業界に特化したコンサルティングファームである株式会社GIMSの代表取締役 寶積昌彦氏は、印刷会社に勤務しながら中小企業診断士の資格を取得したパーソンである。印刷関連会社専門の中小企業診断士として活躍されており、印刷関連企業の「ものづくり補助金」の申請支援から事業再生・経営革新、計画策定、事業承継など、印刷業界の実務経験を活かしてさまざまな角度からコンサルティングを行っている。今後、印刷会社の経営はどうあるべきなのか、中小企業診断士の立場から話を伺った。

寶積 昌彦 HOUZUMI MASAHIKO

PROFILE

1972年大阪府生まれ。94年立命館大学卒業後、ハマダ印刷機械株式会社に入社。営業担当を経て営業管理・推進業務、市場調査、製品開発企画、プロモーションなどの業務に従事。2009年同社の撤退に伴い退職。グラビア印刷の朋和産業株式会社に入社。軟包装の営業を担当。11年中小企業診断士の資格を取得。12年同社を退職し独立。株式会社GIMSに入社。17年代表取締役に就任。印刷関連企業に特化したコンサルティング会社としてさまざまな経営課題を支援。「ものづくり補助金」申請支援では印刷関連企業で多くの採択実績を持っている。全日本印刷工業組合連合会で講演・執筆など幅広い活動を行っている。

狭き門をくぐって印刷業界専門の中小企業診断士となる

Q 中小企業診断士の資格を取得された経緯について教えてください。

簡潔にお話ししますと、勤めていた印刷機械製造会社が2009年に撤退したために退職することになったのですが、社長から紹介された軟包装を専門とするグラビア印刷会社の入社試験を受けて再就職しました。その会社には3年弱ほど勤めたのですが、その間に中小企業診断士の資格を取得するために勉強し、2011年に試験を受け合格したので退職しました。2012 年に印刷業界専門のコンサルティング会社である株式会社GIMS(ジーアイエムエス、通称ギムス)に入社して以来、中小企業診断士としてコンサルティングの仕事をしています。現在、代表取締役に就いていますが、パートナーコンサルタントや社会保険労務士、行政書士など合わせて8名で組織しています。

Q 合格するのは非常に難しいイメージがありますが ···。

そうですね。経営コンサルティングにおける唯一の国家資格で、1次試験と2次試験(筆記・口述)に合格し、実務補修の経験を経て中小企業診断士として登録されます。1次試験の合格率は15~25%前後で、その1次試験に合格した人が 2次試験を受けられるわけですが、2次試験の合格率も概ね 20%前後のようです。両者の試験結果から判断して最終的な合格率は4% 程度となり、毎年500~600人が合格できることになります。確かに簡単ではないですね。

Q 中小企業診断士はどんな仕事をされるのでしょうか?

その名のとおり、中小企業を診断するのですが、経営者の方から経営についての相談に乗ったり、何か問題があればそれを分析したりして、課題を解決するための支援を行うのが仕事になります。その中で経営改善の事業計画の作成を支援することはメイン業務の一つになります。

Q 印刷関連企業の「ものづくり補助金」の申請支援では、100社以上の採択実績がありますから、補助金申請の仕事は多いのでしょうか?

印刷会社によってさまざまなのですが、印刷業界は設備投資が多い業界ですから、設備の更新や新しい事業を始める際の設備投資についての相談を受けることが多いです。そのため補助金の申請でサポートすることがどうしても増える傾向にあります。というのも、私自身が昔印刷機械製造会社に勤めていましたので、他の機械メーカーや販売代理店さんを通じて、印刷会社が困っているので中小企業診断士として支援できないかという話をいただくわけです。そのようなことがきっかけとなって、次第に業界関係者を通じての仕事が増えていった経緯があります。

事業計画を立てる際は「課題」と「強み」をを明確にすること

Q コロナ禍で相談が増えていらっしゃるのではないでしょうか?( インタビュー時は4月8日)

はい。3月頃から既に顧客のイベントが中止になったとか、セミナーが延期されたとかで、それに付随する印刷物の需要がなくなったという話を聞いています。4月、5月は顧客の会社だけでなく、印刷会社も事業の自粛を余儀なくされるでしょうから、ほぼ新規受注は見込めない状況かと思います。仮に6月に収束したとしても、まずは既存顧客との関係性を保つことが主体となり、新規顧客の獲得は難しいのではないでしょうか。

今後はピンチの後に何をしていくのかという、事業を維持していくための相談が増えるかと思います。助成金や補助金の申請業務、資金繰りのための融資や保証制度をどうしていくか、そんな守りの経営についての相談は増えてくることは必至ですね。ただし、私の感覚では、印刷会社は比較的手元資金を持っていらっしゃると思いますので、運転資金が底をついて行き詰まっているという印象はまだありません。しかし、コロナ禍が長引いて、6月頃に果たしてどうなっているか、はっきりしたことは言えませんが…。

Q 廃業・倒産をくい止めるための政策が望まれるのですが ···。

ええ。持続化給付金にしても対前年同月比で、50% 以上売上が減少した企業が対象ですし、その金額も200万円と少なすぎます。印刷会社の場合、休業をしないで事業を続けていくとなりますと、対象になる企業はあまり出てこない可能性があります。しかし、顧客の事情によって印刷需要は大きく影響しますから、5月、6月頃まで受注が大幅に減少することになりますと、対前年同月比50% 以上の落ち込みが出てくる会社が増えてくることが予想されます。ただし、200万円が果たしてどれだけの手助けになるのかという疑問はありますね。

Q 事業計画書を作成する場合は、どのようなコンサルティングになるのでしょうか?

事業計画書を作る際は、お客様の会社が現時点でどのような「課題」を持っているかを明確にすることと、会社の「強み」は何であるのかを認識する必要があります。中にはそれらを分かっていらっしゃらない経営者がいますので、私どもが「課題」の抽出と「強み」の再認識をするようにサポートするわけです。そして、「強み」を活かた事業に照準を絞った補助金申請や、「課題」を解決していくためのツールの選定などを目的にサポートしていきます。ただし、事業やツールを最終的に決定するのはお客様の会社になります。私たちはあくまでもその道筋を提示してサポートしていく立場になります。

Q 印刷業界のいろいろなケースを見てこられたからこそ、アドバイスのポイントが分かるのでしょうね。

確かに他の印刷会社の事例から、「こういう仕方があります」ということは言えます。実はGIMSで印刷会社をコンサルティングする以外に、会社の事業とは関係なく、私個人では火曜日と木曜日に商工会議所に勤務しています。そこでは印刷会社以外の一般の会社や商店などのご相談も受けています。他業界の事情を知ることによって、印刷会社に幅広い視点から提案やコンサルティングができるという側面もあります。というのも、印刷会社の顧客である会社や商店の考えが分かれば、そこからどのような印刷需要が生まれるのか、印刷会社がどのようなアプローチをしていけばよいのかが見えてくることがあるからです。印刷会社にアドバイスをする際に大いに活かせています。

従来の製造業としての印刷業から脱却し独自のサービス業に転換を

Q なるほど。最近増えている相談案件は何でしょうか?

事業承継の問題でしょうか。経営者の息子さんや娘さん、あるいは従業員に会社を引き渡す中で、どのような点に留意して事業承継していくのかをサポートする案件が増えています。もちろん、税務関係は税理士の方にお任せするのですが、税金や資金対策をして終わりというわけにはいきません。後継者になる人は、取引先の見直しを含めてどのような事業を進めていけばよいのかを考えていかないと、本当の意味での事業承継ができなくなりますからね。中堅以上の印刷会社ですと、M&Aを含めてきちっとしたスケールメリットや企業価値が見えますから、事業承継も比較的スムーズに行えるのですが、小規模会社の場合は廃業をつい考えてしまいがちです。社員の生活を守るという観点からも経営改善に注力することは大切かと思います。まずは自社の良い点や魅力的な点は何であるのかを一緒に考えて、それを活かしていくことを重視し、後継者に引き継ぐことをお勧めしています。

Q 若い人材が業界に入ってこないという問題があって、新しい事業に乗り出す難しさがあると思いますが ···。

私が支援している中で、これまでの印刷業から脱却してまでも新しいサービスを作っていこうとしている印刷会社がありますので、若い人たちにアピールできる要素はあります。よくあることは、経営者が昔のスキームのままでビジネスを考えてしまっているために、若い社員とギャップが生じるケースが見受けられる点です。経営者と社員の間に入って、これから重要になるサービスはこういうものであると紐解いて、サポートする場合もあります。「今伸びている会社ではこうしていますよ」と、特に経営者の意識を変えていくことに注力しています。

某印刷会社の経営者と話をしていますと、印刷物を作るというビジネスモデルを一旦止めて、「サービス業」という業態に変えて印刷物を刷るということや、印刷物を見やすく編集する、あるいは印刷データを改編し管理するなど、いろいろなサービスに細分化して請け負っていく方法を模索しているとのことです。しかも商材自体が印刷物だったものを、デジタルコンテンツのデータだけにしても十分対応できるという見方なのです。これまで印刷物を作ることに関していろいろなサービスを合わせて作り込むことで、有用なサービスとして提供していたわけですが、きちんとサービスを分解し顧客に必要なサービスを見出して、そのサービスに対する対価をきちんといただき、印刷物だけに頼らなくてもビジネスモデルとして成り立つような事業展開をしていくということにチャレンジしているそうです。

Q 新しいことに挑戦できる会社と、取引先との関係でなかなか難しい会社と、さまざまでしょうね。

中には大手の下請受注で成り立っているところも多いですから、そういう印刷会社にはいかにして製造機能を強くするかの助言をして、余裕があるようでしたら、新しい部署を作って新規開発や直販に取り組んでみるとか、新しい体制を作るといったアドバイスをさせていただくことはあります。

Q 小規模会社には柔軟な経営で独自の事業に取り組める可能性がありますからね。

ええ。SNSから受注に繋げている印刷会社や激安印刷通販会社のラクスルなどに顧客が奪われている現状をしっかりと認識して、自社では何ができるのかを見出して顧客対応していく必要があると思います。例えば、ものづくりで優位性がある印刷会社であれば、それを基にプラットフォームを構築して製造直販というスタイルでビジネス展開していくことも考えられます。今までは印刷業という製造業に包括されて事業をしてきたところがありますが、これからは印刷もできる「サービス業」として活路を見出してもらいたいです。

「今伸びている会社ではこうしていますよ」と、
特に経営者の意識を変えていくことに注力しています。

————寶積 昌彦