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(163) 広瀬 信輔

デジタルマーケティングを活用するための情報を提供

今回登場していただく広瀬信輔さんは、ネットリサーチの国内最大手企業である株式会社マクロミルで、Webマーケティング部門の責任者として勤務する傍ら、デジタルマーケティングやWebマーケティングの知識、事例、業界動向などを、広告主の視点から提供するマーケティング情報サイト『Digital Marketing Lab』を運営している二足の草鞋を履く若き逸材である。「これからのマーケティングはデジタルマーケティングが主流となるので、情報を活用していく企業でなければならない」と説く広瀬さん。これは印刷業界においても不可欠なテーマである。今春、デジタルマーケティングの実践指南書となる著書『アドテクノロジーの教科書』を発刊し、今後マーケティング業界でますます活躍が期待される広瀬さんに、デジタルマーケティングの基本的な解説、市場の動向、コンテンツ制作におけるポイントなどについて話を伺った。

広瀬 信輔 HIROSE SHINSUKE

PROFILE

1985年長崎県生まれ。2008年に株式会社マクロミルに入社し、現在は同企業のオンラインマーケティング部門の責任者として、デジタルマーケティングを推進。また、自身が運営するマーケティング情報サイト『Digital Marketing Lab』にて、フリーのマーケティングコンサルタントとしても活動。ビジネスメディアでのコラム執筆やイベント出演、大手企業のマーケティング支援などを行っている。2016年著書『アドテクノロジーの教科書』(翔泳社)を発刊。

会社勤めしながら専門学校でデジタルマーケティングを習得

——デジタルマーケティングとの出会いは?

広瀬大学卒業後の2008年にマクロミルに入社し、広告主としてデジタルマーケティングの仕事に携わることになりました。当時は組織も小さく、予算も少なかったため、費用対効果が高く、効果検証が行いやすいWeb広告が中心でした。この頃がちょうど、日本で「アドテク」というワードが広がり始めた頃だったと記憶していますが、これを活用した広告やマーケティングの仕組みを導入し、同社のデジタルマーケティングを強化してきました。良くも悪くも、組織が小さく仕事量が多かったため、広告やSEOの知識は自然と身に付きました。

ただ、これらの知識が身に付いてもクリエイティブなコンテンツが作れないことは課題でした。アドテクノロジーの優れているところは、「誰に」「どうやって」届けるという、ターゲティングとデリバーのシステム・仕組みです。しかしながら、結局ユーザーが認識するのは広告やWebサイトなどのコンテンツであり、これが最も重要と考えていました。そこでWebデザインの専門学校に通い、コンテンツ制作を含めてマーケティング業務の全てに携わりたいと考えるようになりました。これは人生の転機でした。この専門学校の卒業制作が「デジタルマーケティングラボ」で、もともとはマーケターとしての知見をアーカイブするために作ったものです。ですが、この情報サイトがきっかけとなり、講演のオファーやコンサルティングのご依頼をいただくようになり、現在はフリーのデジタルマーケティングコンサルタントとして活動しています。マクロミル社では入社以来変わらず、今でもマーケターとして自社のプロモーションを担当しています。

——多方面で活躍されていらっしゃいますが、マクロミル社ではどのような仕事をされているのでしょうか?

広瀬デジタルを中心としたマーケティング施策のプランニングと実施が主な業務です。特にアドテクと呼ばれる分野は、複数の企業やサービスが繋がり共存している状態(エコシステム※1)にあります。無数にあるサービスの中から自社に合ったものを選定、導入し効果検証を行っています。例えば、アドネットワーク1つとっても、「女性に強い」「10代に強い」「リッチなクリエイティブが配信できる」「配信先の品質が高い」「効果測定に強い」などサービスごとに機能が異なります。利用するシステムを選定することは非常に重要です。

——「アドネットワーク」とは、どのようなシステムなのでしょうか?

広瀬Webサイトやアプリなどのメディアを束ねた「広告配信ネットワーク」のことです。広告主とパブリッシャーの間にアドサーバーと言われるシステムが中間に立ち、広告主はアドサーバーを介して広告配信を行うことで、多数のメディアに出稿できるようになります。取引は入札方式が多く、その中でもRTB(リアルタイムビッディング)が増えてきました。これはアドエクスチェンジ※3などの広告取引市場で、広告枠のインプレッションが発生するたびに入札を行い、最も高い金額をつけた購入者の広告を表示する方式です。取引が細分化され、少額予算からも出稿できることが特長です。取引が細分化されるということは、「時間帯」「曜日」「配信先」「ユーザー属性」など、広告効果を向上させるために操作できるパラメータが増えます。これらを最適化し広告配信を行うことがマーケターに求められています。

重要なことはコンテンツを「誰に」「どうやって」「何を」届けるか

——動画広告が増えてきたと感じるのですが、どう思われますか?

広瀬確かに動画広告は増えています。テキストから静止画へ、静止画から動画へと、表現力が高いコンテンツの需要が増えています。最近では、360度動画を活用したコンテンツや動画にインタラクティブな要素を取り入れ、ゲームのようにユーザーが楽しめるクリエイティブも見かけるようになりました。講演やセミナーなどで「量のアドテク」「質のアドテク」というお話をすることがあります。今までは膨大なビッグデータの中からターゲットを探し出し、選定したメディアや配信条件がどれだけターゲットを含有しているかという、量の部分ばかりが注目されてきました。私が今注目しているのはこれではなく、質の部分です。データから得た知見を活かし、理解や関心を高めてもらうためのコンテンツ作りに知恵を絞るわけです。これは広告主とユーザー双方にメリットがあります。この広告の質について、現在では定量、定性の両面で効果を検証する仕組みが整ってきました。データから客観的にコンテンツを評価し、PDCAを回すことが理想です。ただし、優れたコンテンツを作ったとしても、配信システム側が対応していない場合もあることや、通信料をユーザーに負担させてしまうなどの課題はまだまだあります。

——では、デジタルマーケティングに印刷業界が関わっていくためには、どうするのが得策だと思われますか?

広瀬まずマーケティングでも広告でも基本は「誰に」「どうやって」「何を」届けるかという考え方です。これを少し具体的にすると、「誰に」はターゲティング、「どうやって」はデリバーのシステム、「何を」はコンテンツと言えます。ターゲティングはオーディエンスデータの話で、いかに多くのユーザー情報を取得・保有・加工し、詳細なセグメントが作れるかが鍵です。デリバーのシステムは、ターゲットユーザーに対して「いつ」「どこで」「どんなタイミングで」コンテンツを届けるかです。ここはアドネットワークやDSPなどの広告配信システムが得意とする分野です。最後はコンテンツですが、これは前述の通り、データから得た知見を活かし、理解や関心を高めてもらうためのコンテンツを作ることが重要になってきます。私は印刷業界については明るくないですが、普通に考えると、クリエイティブ分野にビジネス機会があるのではないでしょうか。

印刷業界もデジタルマーケティングの知見を高めてコンテンツ作りを

——印刷業界としては、やはりクリエイティブなコンテンツ制作分野で関わっていくのが得策なのかなと思いますが……。

広瀬Web広告のリンク先ページはペラ1のLP※4(ランディングページ)が利用されることが多いですが、これはもともと紙のチラシをWebに転用したものという話があったりもします。紙の知見はWebにも活かせるのではないでしょうか。また、広告代理店の中にはまだまだ紙媒体を主体にしているところもあります。これはマクロミル社ではなく、『Digital Marketing Lab』のコンサルタントとしての経験です。紙媒体中心の広告代理店からコンサルのオファーをいただいたことがありました。オファーの背景は、昔から取引があった百貨店の広告主から、「Webにも広告を出したい」ということを言われたらしく、Web広告を自社で取り扱いたいという内容でした。Web広告であれば総合か、ネット専業の代理店に話がいくと思っていましたが、当初から取引がある紙中心の広告代理店が受けることもあるようです。このような広告代理店と印刷業界は近い位置にあると思いますので、協業という形が望めるのではないでしょうか。もちろん、お互いがデジタルマーケティングについて学ぶ必要はあります。

——いずれにしても、Webサイト制作やアドテクノロジーの基本的な知識は不可欠になってくるというわけですね。

広瀬クリエイティブなコンテンツの知見を軸に、クライアントをサポートしていくことが肝要でしょう。デザイン性が高く優れたコンテンツを作った後は、届ける仕組みを用意することを考えなければなりません。ここは広告会社の領域です。広告運用の機能を自社で持つか、外部に委託するかは検討する必要があります。いずれにせよ、市場では動画などのリッチコンテンツを使ってマーケティングを行うニーズが拡大しているため、印刷業界ではグラフィックのノウハウを活かした付加価値の高いコンテンツ制作の側面から、デジタルマーケティングに関わっていくことができるのではないでしょうか。

※1 エコシステムとは、本来、生態系を表す科学用語だが、アドテク分野においては、広告主からパブリッシャーまでの広告配信の中で、多くのプレイヤーが多種多様なサービスを提供しており、これらが繋がりを持ち、新たな付加価値を生むという構造を意味する。

※2 アドエクスチェンジとは、広告枠をインプレッションベースで取引する広告取引市場のこと。

※3 LPとは、「Webサイトにユーザーが訪れた時に最初に訪問したページ」のこと。

『Digital Marketing Lab』のWebサイト

『Digital Marketing Lab』のWebサイト
http://dmlab.jp/

著書『アドテクノロジーの教科書』

著書『アドテクノロジーの教科書』

エコシステムの概念図

エコシステムの概念図

アドネットワークを使った広告配信のイメージ

アドネットワークを使った広告配信のイメージ

クリエイティブなコンテンツの知見を軸に、クライアントをサポートしていくことが肝要でしょう。

———— 広瀬 信輔

掲載号(2016年11月号)を見る