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(136) 藤原 祥隆

翻訳+動画+ARで顧客開拓するデジタルライター

IT、医薬、金融経済を主体に翻訳業務を営む株式会社エムストーンの代表取締役・藤原祥隆さん。かつて日本で最初のパソコン用翻訳ソフトを開発した会社で、開発から販売に携わったことがあるという。また、1995年、インターネット黎明期に、秋葉原で最初のインターネットカフェをオープンしたパーソンである。当時、多くのパソコン誌が取材に訪れ注目を集めた。また、97年にはテレビ会議システムの導入・活用のハウツー本を執筆するなど、最先端技術に逸早く着目する先見の明を持っていた。そんな藤原さんは、現在、紙媒体だけでなく、Web、DVD、AR(拡張現実)などのデジタルコンテンツの制作をマルチに手掛ける、いわば“デジタルライター”として顧客のニーズに応えている。翻訳業界の事情と今後の展望について話を伺った。

藤原 祥隆 FUJIWARA YOSHITAKA

PROFILE

1950年大阪府生まれ。広告写真制作会社勤務。日本で最初のパソコン用翻訳ソフト開発会社の開発部長および営業部長などを経て、1990年株式会社エムストーン(旧社名マイルストーン)を設立。1995年秋葉原に日本で最初のインターネットカフェをオープン。IT、医薬、金融経済などの翻訳、マニュアル制作から、通訳、DVD制作、吹替え・字幕、ビデオクリップ制作、AR制作等を請け負う。著書に『インターネット用語がわかる本』『テレビ会議システム 導入活用ガイド』(日本実業出版社)『スキャナでらくらく文字入力』(エーアイ出版) 藤原さんがこれまで出版した代表的な著書

日本で最初のインターネットカフェをオープンする

——翻訳と関わるきっかけとなったのは何でしょうか?

藤原自動翻訳ソフトを開発した会社に勤めたことが、翻訳との出会いと言えるでしょうか。「ブラビス」という名称で、1984年に日英の自動翻訳ソフトとして発売したのですが、その開発・営業部長を務めました。当時、一般紙などで大々的に取り上げられたのですが、MS−DOS方式でフロッピーディスクを20枚くらいインストールする必要があり、立ち上げるだけでもかなりの時間を要するソフトでした。今から思えば隔世の感がありますね。とは言っても、今日でも自動翻訳の技術はさほど進化はしていません。単にCPUの処理が速くなったというだけです。

——会社を設立されてから、日本で最初のインターネットカフェをオープンされたそうですが…。

藤原はい。95年に「エムストーン」という名前のインターネットカフェを秋葉原でオープンしました。当時、インターネットはまだあまり認知されておらず、日本でのネット人口は20万人程度でした。何しろ企業がホームページを作っただけでも新聞のニュースネタになるくらいでしたからね。ダイアルアップ回線で、NTTのISDNがスタートしたばかりでした。最大128kbpsでしたから、現在の1000分の1程度のスピードでした。インターネットカフェを始めるに当たって、NTTの千代田支局に依頼して秋葉原で初のISDN専用回線を引きましたが、あまりにもの珍しかったのか、課長クラスの方々が20名くらい打ち合わせに来られたことを記憶しています。ただし、時期尚早ということもあって3年程続けた後、撤退しました。当時、Macを3台設置して運営したのですが、Windowsについては95が出る前まで非常に繋がりにくかったですね。パソコン雑誌が毎週のように取材に来て、誌面で紹介してくれました。しかし、その後追随してきたインターネットカフェも次々と経営が厳しくなり、ほとんど姿を消しました。現在は漫画喫茶を兼ねたネットカフェが流行っていますが、そのあり方は昔とは随分と変化してきましたね。

——その後、テレビ会議システムの紹介もされたそうですが…。

藤原ええ。遠隔地にいる人と顔を見ながら話ができるテレビ会議システムを知って、これはコミュニケーションを変えるすごいシステムだと思いました。関連メーカー等に取材して、『テレビ会議システム 導入・活用ガイド』を上梓しました。その出版を機に、テレビ会議システムの業界団体である「ビジュアルコミュニケーション推進協議会」の事務局長を任されるようになり、業界のために運営と取りまとめをお手伝いしましたが、結局、種々の事情で立ち行かなくなりました。今日、テレビ会議システムに関しては、高級品の専用システムに特化したメーカーが残っている程度で、あとは撤退している状況ではないでしょうか。現在ではSkypeをはじめ、低コストのWeb会議システムが主流となっていますね。

翻訳業は営業力が問われ、得意分野に特化し高品質がポイント

——なるほど。新しい技術を紹介してこられたわけですが、翻訳業を主体にされた経緯は…。

藤原会社を設立した当初、知人の考案した翻訳ツールの特許を出願申請して、それと同時に各メーカーに売り込み、某メーカーさんとはある程度、共同開発まで進みました。しかし、1年ぐらい経った段階で、結局、申請が却下されてしまい、ビジネスモデルの変更を余儀なくされたので翻訳業務をスタートしたわけです。当時は手書き原稿が当たりまえの時代でした。その頃、ソフトウェアのマニュアル、いわゆる取扱説明書などを翻訳しながら、同時にマニュアル作りのノウハウを吸収して、日本語でもゼロからマニュアルを書き起こすようにもなりました。現在では動画の字幕や吹替えもやっていますが、そのきっかけとなったのは、某輸入商社さんの依頼で工作機械のプロモーションビデオの吹き替え版を制作したことです。その後、スティーブン・スピルバーグ氏が製作したアニメゲームの吹き替えなども行って、実績を上げてきました。それらの仕事を契機に総合的な翻訳業を展開してきたわけです。翻訳業と言いましても、私自身も英語を和訳しますが、基本的にはフリーランスの翻訳者にアウトソーシングすることがほとんどです。ITや医薬、金融経済分野を扱っていますが、それらを専門にしている翻訳者にお任せします。また、デザイナーなどのクリエイターも周りにいますから、デザインも適材適所で仕事を振り分ける感じです。ですから、翻訳を主体にしたさまざまなコンテンツを制作するディレクターと言った方が当たっているかもしれません。今では紙媒体はもちろん、Web、DVD、動画、AR制作などのデジタルコンテンツを企画・制作する“デジタルライター”といった立場で仕事に取り組んでいます。

——翻訳の仕方は…。

藤原今日ではテキストだけではなく、HTMLファイルなどを直接翻訳するというのが主流になっています。英語以外に独、仏、露や中、韓、その他アジア諸国語など、極端にいえば地球上に存在するすべての言語に対応しています。お客様のさまざまなニーズに応えていくとなると、通訳、字幕、吹替え、動画の翻訳、各種ライティングをこなしていかなければなりません。それぞれの外国語に堪能な翻訳者や通訳者に仕事をお願いする方法を採っています。

——翻訳業界は参入する企業が多いようですが、市場規模や需要は…。

藤原市場規模は数千億円と言われていますが、実態が把握されているわけではありません。また、最近ではこの業界に参入する会社が増えて敷居が低くなった感があります。しかし、翻訳はプロの仕事ですから、簡単に受注できるものではありません。安定して受注していくには営業力が問われますし、品質も求められますから、翻訳家と言われる人は得意分野を持ち、翻訳会社やクライアントと常にコミュニケーションを行い、コネクションを持つことが欠かせないですね。いずれにしても、低コスト化が進み、翻訳料金の単価は下がっていますから、非常に厳しい業界と言わざるをえません。

——そのような状況下、ARを使ったコンテンツ制作もされてらっしゃるそうですが。

スマホの普及で簡単で低コストで制作できるARコンテンツが有望

藤原はい。ARは2年前ぐらいから知っていましたが、最近になってスマホやタブレットの普及が急速に進んだことと、通信回線が劇的に改善されて、スマホでも簡単に動画を楽しむことができるようになったことがポイントですね。販促やPR用のコンテンツとしての可能性、潜在能力があると確信したわけです。取扱説明書やパンフなどに印刷されたマーカー(認識画像)にスマホをかざすと、それに紐づけられた商品や操作手順の動画が見られるようにすれば、かなりの需要があると見たわけです。スマホの普及によって、いつでもどこでも誰でも簡単に動画を見られる環境が整ってきましたので、このARコンテンツはまさにぴったりです。市場はどんどん拡大していくはずです。弊社では、企画からライティング、翻訳、さらに動画の撮影・制作、字幕・吹替え、ついでにARも制作しています。それらをワンストップで、しかも低価格で制作できます。そうすることで、これまで予算をかけられなかった中小企業のクライアント様にも、十分にアピールできますし、エンドユーザーの皆様にも満足していただけると思っています。クライアント様にもエンドユーザー様にも、ARはきわめて効果的なツールではないでしょうか。

——確かにスマホを使うユーザーが増えたことは朗報ですね。

藤原これまでのARは、どちらかというとイメージとか実験やお遊びに近いものが中心で、これ面白いね。で、終わっていたのですが、やはり経済的な効果が伴わないと、つまりお金にならないと、こういったツールは普及しません。私が考えているのは、営業マンの方などが製品カタログを持って、顧客を訪問した際に、スマートフォンをかざして動画で商品説明などが行えれば、分りやすいですし、訴求力が出てくると思うのです。お客様も、紙のカタログやパンフレットから動画が立ち上がってきたら、「アラジンと魔法のランプ」じゃないですが、おおっ、すごい、よく分かる、ということで、販促効果は抜群ですよね。また、たとえば名刺などにARを組み込めば、本人や社長の動画メッセージなどが立ち上がってきたりして、付加価値の高い名刺になります。一度その名刺を見た人は、忘れません。(笑) 

——ARは、小規模会社でもビジネスになりますね。

藤原テレビCMなどの本格的な動画コンテンツは映像制作会社さんの領域ですが、スマホで見る映像は、そこまでの高品質・高画質を求められることはないですね。求められるクオリティとそれに見合ったコストとのほど良いバランスという観点で、そこそこの動画を制作すれば良いのです。この「そこそこ」というのがキーワードだと思います。私は字幕・吹替えを本格的に開始した頃から動画制作に取り組み、某メーカーさんの依頼でユーザー事例ビデオを企画して、取材撮影からポストプロダクション、スタジオ収録も含めた編集作業から完パケまで、一括制作してきた実績があり、AR制作については自社で全てこなせますので、ご要望、ご予算に応じて、リーズナブルなコストで請け負うことができます。低コストで効果的なコンテンツは、小回りの利く中小企業には最適のビジネスアイテムではないかと思っています。既存の取説やパンフレットなどもこの機会にAR対応に改版しましょうと、お客様に新たな提案もしていただけるわけです。

最後に強調したいことですが、ARは、印刷物というベースがあってこそ存在意義があります。印刷物が栄えればARも栄える。その逆も然りです。バックヤードは弊社にお任せください。印刷会社さんはARをメニューに追加していただき、付加価値の高い、顧客満足度の高い印刷物をお客様に提案していただきたいと思っています。

スマホの普及によって、いつでもどこでも誰でも簡単に動画を見られる環境が整ってきましたので、このARコンテンツはまさにぴったりです。

———— 藤原 祥隆

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