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(211) 田宮 一夫

テレワークは業務効率化と働き方改革を進めるもの

新型コロナウイルスの感染拡大が引き金となって急速に導入が進んだテレワーク。当初は従業員の感染防止策が主な目的だったが、昨今は働き方改革を推進する制度として導入する企業が増えている。印刷業界でも企業規模の大小にかかわらず、各部門などで導入が進み、そのメリットを享受する企業が現れているが、一方で従業員のマネジメントやコミュニケーションで課題も出てきている。今回はテレワークによる場所と時間にとらわれない働き方を推進している、一般社団法人日本テレワーク協会・専務理事の田宮一夫氏にご登場いただいた。「テレワークで業務を効率化した企業は、コロナが終息してももう以前の働き方には戻らないだろう」と言う田宮専務理事。テレワークによる業務の効率化を図る方法からこれからの働き方について話を伺った。

田宮 一夫 TAMIYA KAZUO

PROFILE

1962年神奈川県生まれ。86年富士ゼロックス株式会社に入社。法人営業、国内販売本部での事業計画・マーケティング部門を担当し、チャネルビジネス戦略や販売会社設立プロジェクトに従事。また外部企業M&Aによる新会社設立に携わる。その後設立した関連会社(新会社)にて執行役員管理本部長として総務・人事・経理・事業計画・業務プロセス改革をリードする。2019年6月一般社団法人日本テレワーク協会の専務理事に就任。

初めてのテレワークで課題があぶり出される

Q 新型コロナウイルスの感染拡大でテレワークが急速に広まっていますが、貴会は多忙な日々を送られているのではないでしょうか?

そうですね。今 年3月中旬から、いろいろな企業からテレワークにシフトしていきたいので、どのように進めていけばよいのかという問い合わせが来るようになりました。その後緊急事態宣言が発出されてからは、毎日5,000 件以上の問い合わせが寄せられるようになり、当協会の全ての電話回線が朝から夜まで鳴りっぱなしになりました。それで3社のコールセンターを立ち上げて、分散して問い合わせに応えていったところ、何とか電話での応対は1ヵ月くらいで落ち着きを取り戻すことができたのですが、今度はテレワーク導入のための助成金の問い合わせに追われるようになったのです。助成金を受けるための申請書が毎日山のように郵送されてきて、その処理作業にまた忙殺されるようになりました。

つまり、多くの企業が新型コロナウイルスで在宅勤務にシフトしていかなければならないという意識になったからですが、シフトするためには何から手を付けていいのか分からないということで、当協会へ相談が殺到したというわけです。最近はテレワークへの認識が高まったからか、相談件数は以前より落ち着いてきてはいます。

Q いきなりテレワークを導入したことで、企業では準備不足による問題が生じたのではないでしょうか?

そうなのです。ITシステムが満足に整わない状態で、社員の自宅のパソコンで仕事をする事態になったり、いきなり在宅ワークにシフトして労務管理面で問題が生じたり、労使間でテレワーク規程を取り決めないまま移行したことで、いろいろな課題が見えてきたのは事実です。中でも、会社に出勤して書類を確認しなければならないという点が問題視されました。つまり、電子化やクラウド化が導入されていないために、仕事に関係する書類が入手できない問題が生じたわけです。そうかと言って、メールに書類を添付してやり取りするとなると、原本管理や印章管理、さらには情報漏えいが生じた場合にどうするのかという問題が出てきます。在宅によるテレワークを初めて導入したことで、各企業の課題があぶり出されてきたわけです。

 

Q テレワークは企業の働き方を変える重要な施策になるのでしょうか?

はい。当協会はテレワークを普及していくことを目的にしていますが、それ以前に働き方を変えていくことを大前提にしています。というのも、日本は少子高齢化で労働人口が減少しており、この状態が続きますと、40年後の2060 年には労働人口は現在の 42%の2,800万人になると予測されています。その労働力をどこで担保するのかと言えば、シニアや女性、そして外国人を活用することになると思うのですが、それらの労働力を活用するために法律や施策をきちんと整備して働き方改革を進めていく必要があります。その一つの手段としてテレワークを上手く利活用していくことが大事だと思っています。では、テレワークをどのように導入していけばよいのか。コロナの影響で三密を回避するために、出社かテレワークかが取り沙汰されていますが、例えば、1週間の中で月曜日は出社して全体ミーティングを行い、その後の火曜日から金曜日までは在宅勤務にするとか、週のうちで何日かをテレワークにする方法が考えられます。また、サテライトオフィスを設けて、組織的に業務を効率化させるために時間の有効活用を図っていくことも可能でしょう。各企業の事情に合ったテレワークを導入して、生産性の向上を図っていってもらいたいです。そのためには、仕事の進め方やプロセスを改めて見直す必要が出てくると思うのです。

多能工化による勤務体制の見直しで業務効率化を

Q なるほど。印刷業でも部門によって仕事の進め方は違ってきますから、テレワークを導入して見直していく必要があるのでしょうね。

印刷機を担当しているオペレーターであっても、1週間のうちで3日は機械を動かして、残りの2日は在宅で他の仕事をするといった多能工化が求められてくると思うのです。その3日においても前工程と後工程に分けて分業化していくとか、各社に合った勤務体制で今まで以上に業務の効率化を図ることはできると思います。企業としてはテレワークが行える部門と行えない部門、例えば営業部と製造部とでは、前者はテレワークができても後者はできませんよね。ですから、その不公平感を是正していくことが大事になります。その際に印刷機のオペレーターがどうしてもテレワークをしたいと言うのであれば、週3日は営業部に移ってテレワークをしながら営業支援をするなどの選択肢を設けることは可能かもしれません。それは社員との話し合いで決めていけばいいわけです。あるいは営業部でなくても、1日だけテレワーク勤務にして、印刷工程前後の業務や事務と営業を繋ぐ報告業務を担当することも可能かと思います。印刷機から離れる場合は、別のオペレーターが代わりに印刷機を担当するというシフトを組むなどして、社員の勤務体制を工夫してみてはどうでしょうか。それが、ひいては生産性の向上に繋がっていくと思います。

またテレワークを導入する場合は、ローテーションを組んで社員同士が仕事をいかに補い合っていくかがポイントになるでしょう。業務ではデジタル化やAIを駆使して働く時間を削減し、空いた時間を教育・研修のための時間に使ったりするのもいいかと思います。それは経営者が最適な方法を考えればよいことであって、どれが正解ということはありません。

Q はい。テレワークは業務を効率化させる重要な施策だということですね。

テレワークは、今では採用の問題と密接に絡んでいて、人を採用する際に優秀な人材をいかに雇用するか、あるいは人材の流出をどう食い止めていくのかに関わってきます。これは企業にとって非常に重要なテーマになっていて、経営戦略として考えていかなければなりません。その場合に、「当社ではテレワークはやっていません。終日、工場で働いてもらいます」という業務形態ですと、まず人材は集まらないでしょう。しかし、若い人たちの仕事に対する考え方を分かっていないために、テレワークがいかに重要であるかを理解していない経営者が少なくありません。

Q それは印刷会社の経営者にも言えるかと思います。また、オンライン営業に対しても消極的なところが窺えますが ···。

テレワークは場所と時間を超えた有効な働き方になるのですが、今回のコロナ禍を契機に、皆さんが在宅勤務を経験されたことによる、一番の変化は、通勤をしなくても仕事ができるという働き方の概念が変わったことです。二番目は、Zoomに代表されるようにWeb会議ツールが普及し、直接フェイス・トゥ・フェイスで会わなくても、メールなどでアポイントを入れてWeb会議ツールで打ち合わせをする手法に代わったことです。この名刺交換をしないで商談する手法がもはや当たり前になりつつありますし、Webで名刺交換をするツールも出てきています。このように営業の仕方、あり方が大きく変わりつつあるということを理解する必要があるわけですが、もう一方で意味あることは、場所を越えて人材採用・活用ができるということです。

例えば、東京の企業が人材を採用する際に、テレワークを導入した仕事の仕方であれば、地方の有能な人材を採用できる可能性があります。地方の人にとっても可能性が広がる有益なことと言えるでしょう。また、障がい者の方でもテレワークであれば仕事ができる職種もあるでしょうから、障がい者を雇用しやすくなります。このように人材不足や採用難である業界にとっては、テレワークを導入することで人材が採用しやすくなるのではないでしょうか。

人事評価はプロセスと成果の両面から見るのがポイント

Q そうですね。一方、テレワークでは働いている人が見えないことから、人事評価は成果主義になるという考えもあるようですが、どう思われますか?

ただし、成果が出せないからこの社員は駄目だという話ではないと思います。成果を導き出すためにはいくつも方法がありまして、結果だけで評価するのではなく、結果を出すためにどんな行動をしたのかプロセスも評価するという考えが大事です。プロセスも見てあげることでモチベーションが高まり、より良い成果に繋がるという考え方です。短期の成果とプロセス、中長期の成果とプロセスというように、総合的で丁寧な人事評価をすれば、社員は評価に対して納得するはずです。そのためには最初に上司が部下の役割とアウトプットを明確にして、これだけの成果を期待する、という目標を定めておくことが重要です。すると上司と部下が話し合って、お互いが納得できるよう仕事の計画・スケジュールをすり合わせていくことが大切になるでしょう。そして、成果だけを見て評価するのではなく、プロセスにおける行動面も併せて評価することがポイントになると思います。

Q 印刷会社はジョブ型になると思いますが、それぞれの部門ごとに評価していくことになるのでしょうか?

印刷会社でも、各社規模や営業品目が異なりますから、それぞれの事情に合った人事評価制度を構築する必要があるでしょう。成果だけで評価しますと、ジョブ型企業の場合は結果が出せないとなると、極端な話、会社を辞めてもらうということになりかねません。そうなりますと、会社も社員も困りますから、ジョブ型と言ってもやはりプロセスと成果の両方を見て、評価していく方法を採っていくことが望ましいと思います。日々の仕事の進捗状況を見て、上司が部下としっかりコミュニケーションを行って仕事を評価していくようにする必要があります。

Q テレワークでは社員の働きぶりが見えない点が、経営者にとって最も気がかりな部分かと思います。

つまり、労務管理の面ですよね。テレワークを導入するに当たっては、就業規則や36協定を含めて労働基準関連法令に沿ったものである必要がありますが、どのように移行すればテレワークを適切に導入していけるのか、注意すべきことを情報収集し、就業規則を変えていく必要があるでしょう。とにかく、働き方改革が求められている今日、テレワークにはさまざまなメリットがありますから、有効に活用できるよう自社に合った最適な導入方法を考えてみてください。

テレワークの普及を目的にしていますが、
それ以前に働き方を変えていくことが大前提

————田宮 一夫