月刊GCJ
GCJパーソンズ
(152) 江口 靖二
印刷物からサイネージに確実に変わっていく
デジタルコンテンツ制作を標榜するGC業界が、今後、事業として取り組んでいくべきものにデジタルサイネージがある。かつて「PAGE」では、デジタルサイネージZONEを設けるなど、活況を呈した時期もあったが、そのコーナーもなくなった。しかし、時代の流れは確実にデジタルサイネージへ移行し、市場はますます拡大しており、コンテンツ制作は有望なビジネスに成長していくとみられている。そこで、一般社団法人デジタルサイネージコンソーシアムで常務理事を務める江口靖二さんに、デジタルサイネージの動向、市場の媒体はどう変化しているのか。専門家の立場から語ってもらった。「仕事の本質はただ紙にインクをつけて情報を配布することではない」という江口さん。市場が縮小する印刷に代わってデジタルサイネージを本格的に推進していくことを提唱する。
江口 靖二 EGUCHI YASUJI
- PROFILE
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1962年愛知県生まれ。1986年慶応義塾大学商学部卒。同年日本ケーブルテレビジョン入社。地上波、BC、CSの番組制作・運用を経験した後、2000年AOLに入社。2001年放送業界専門コンサルティング会社を有志と共に設立。執行役員シニアコンサルタントとして従事。2007年設立発起人の1人となって一般社団法人デジタルサイネージコンソーシアムを設立。デジタルサイネージコンソーシアム常務理事(現在)。2008年デジタルメディアコンサルタントとして独立。2013年合同会社江口靖二事務所を設立。デジタルサイネージの啓蒙活動を行いつつ、デジタルメディアに関する執筆や講演で活躍中。
TV、インターネット、サイネージと分けて考える時代ではない
——最初、放送業界に従事されていたとのことですが…。
江口今でも主要なお客様は放送業界に関する方が多いです。大学を出て日本ケーブルテレビジョンに入社し、技術局や制作局、マルチメディア室などの仕事に一通り従事し、地上波、BS、CSの番組制作や運用に携わってきました。
——では、デジタルサイネージ(以後、サイネージ)との出会いは…。
江口2000年にアメリカの大手インターネットサービス会社のAOLジャパンに転職し、1年間インターネットのビジネスに関わった際に、いずれインターネットを介した映像ビジネスの時代になると感じたわけです。その後サイネージに関する仕事をしている知り合いから、「サイネージって知っていますか?」と訊かれ、その時に初めてサイネージという言葉を知りました。街中や駅で広告の画像や販促のSPを流したり、時刻表を表示したりしているディスプレイのことだ。と、説明を受けたのです。
そのようなある種パブリックな場所にディスプレイが設置され、インターネットを介して画像や動画を配信できる時代になって、サイネージが大きく伸展してくるだろうと。当時、サイネージをビジネスにしていた人たちは、スタンドアロン機でUSBメモリやSDメモリーカード等の記憶媒体を介して、広告を表示していたのですが、そのような業務用映像機器を使って、細々とビジネスするものではないと思ったのです。ビジネス活動を行う上で前提となる仕組みや枠組み、ルールを決めないと、市場は拡大していかないわけですから、企業が集まって市場そのものを作っていく必要があるわけです。企業に声をかけて皆でサイネージについて勉強し、サイネージの市場を形成していく活動が必要だと考え、設立発起人の1人として、2007年に『一般社団法人デジタルサイネージコンソーシアム』を設立しました。
——なるほど。現在のお仕事は…。
江口当コンソーシアムの理事として啓蒙活動を行っていますが、その傍ら個人でデジタルメディアコンサルタントとして企業の相談に乗ったり、新聞社や出版社、雑誌社から依頼があれば関連の記事を書いたりしています。とくにサイネージに特化した仕事だけをしているわけではありませんが、今や映像ビジネスは、TV、インターネット、サイネージと分けて考える時代ではありません。それぞれの特徴を活用し、融合させて心地よく利便性の高いビジュアルビジネスを提供していくところを目指しています。市場では既にそのような動きに向かっています。
印刷が担っていたものがサイネージに置き換えられる
——なるほど。サイネージとは何でしょうか?
江口サイネージとは、家以外にあるディスプレイの全てがサイネージだと考えています。
広告を映すもの。販促として利用するもの。情報を流すもの。単に環境映像を流すもの。と、目的はいろいろです。このようなデジタル技術が出てくる前までは、これらを担っていたのが印刷物と屋外広告物の類だったわけですが、そういったものは今後もなくなりはしないでしょうが、印刷物は一度作りますと、内容を変えられないですし、サイネージと比較して制作や配布のコストや、情報を集めて編集・加工し提供するまでの時間などが、サイネージ以上に掛かってくるというデメリットがあります。印刷が担っていたものが次第にサイネージに置き換えられてくるのは間違いないですし、避けられないことなのです。この動きは加速度的に進んで行くでしょう。
——海外によく行かれて、さまざまな事例を見て来られているようですが…。
江口ええ。10月末には欧州に行ってきましたが、何件か入ったレストランのうちの3店でメニューがiPadになっていました。店には最初から紙のメニューを置いてなくて、iPadの画面のメニューを見て、それをウエイトレスに告げるのです。では、なぜメニューを見せるのかと言えば、欧州は多言語文化だからです。欧州には当然ながらいろいろな国の外国人が住んでいたり、また旅行でさまざまな外国の人が訪れますから、メニューを多言語化する必要があるのです。英語、フランス語、ドイツ語、スペイン語、中国語のボタンがあって、それを押すとそれぞれの外国語で表示されます。iPadで表示すれば1台で済み、効率的ですし、メニューの中身が変わっても、印刷物のメニューのように刷り直す必要がなく、写真とテキストを代えれば済みます。コストがほとんど掛からないのがメリットです。
——サイネージの最大のメリットは何でしょうか?
江口コンテンツが要らなくなったら、すぐにスイッチ1つで消せて、また新しいコンテンツを作って、ディスプレイに表示することが可能なところです。紙の印刷物はそれができません。いつまでも残ってしまいます。刷り上がった印刷物は可変できませんが、ディスプレイの場合はデータを可変できる表示装置であることが強みです。そのようなディスプレイがいろいろな場所に設置され、さまざまな情報がビジュアルで表示される世の中になった時に、印刷の役割はほぼ終えたと言って過言ではないでしょう。
これまでは情報を残すこと自体に価値がありましたが、今は残すことに価値が見いだせない世の中になってきています。例えば、なぜ新聞の購読が激減しているかと言えば、次々と溜まってくるものをいずれ捨てなければならず、しかも捨てるのが面倒くさいからです。雑誌も同じです。毎号買っていると、すぐにかさばってきますからね。月に1回くらいしかない古紙回収日まで部屋の片隅に縛って置いておく必要があるわけです。そんなことを毎回するのはかったるいわけですよ。
——そうしますと、印刷物の行方は…。
江口ほとんどの印刷物はディスプレイに代替されるようになるでしょうね。そのような世の中になった時に、印刷会社の皆さんは何をすれば良いのでしょうか。印刷だけでは会社の業績はどんどん先細りしていきます。業態を変革していく必要があるわけですね。現在の印刷会社はファクトリーで、印刷機を導入する設備投資の意識が抜けていません。サイネージに表示するコンテンツ制作のどの分野の仕事をやっていきたいのか。ファクトリーの意識を変えてクリエイティブな発想で臨まなければならないと思います。自社で不可能となれば、できるところと、コラボレーションで展開していくことも良いかもしれません。また、子会社化してできる人材を雇って任せるとか…。方法はあります。
本を例にとりますと、小説というコンテンツをデリバリーするために、たまたま紙にインクを吐出し、それを運んでいるだけなんです。チラシやカタログなど他の印刷物も同じです。印刷会社の経営者で、紙にインクをこすりつける仕事をしたくて、それ以外の仕事はしたくないというのであれば、それはそれで良いでしょう。しかし、市場の全ての印刷物がデジタル化に向かいますから、いずれ印刷物が要らなくなる時代がきます。
コンテンツそのものを作って、提供することが仕事だと考えるのであれば、たまたま今は紙にインクをこすりつけているに過ぎないのです。それがディスプレイであっても構わないと考えれば、サイネージであろうが、Webであろうが、スマホであろうが、本質的には同じですから、それを早くビジネスとして取り込むほうが良いに決まっています。
仕事の「本質」を考えると印刷である必要はない
——印刷会社の取り組み事例があれば教えてください。
江口ええ。名古屋に本社がある中日本印刷株式会社さんは、総勢230名規模の中堅印刷会社ですが、昨年社名を(株)アイワットに代えられました。元々(株)アイワットは社内のプロジェクトチームからスタートしているのですが、8年前に分社化したのです。それが昨年分社化した子会社の名前を引き継ぐ形で合併しました。完全に業態を変えようと、元の会社の看板を捨てたのです。ですから、今は中日本印刷という社名は有りません。長年印刷で社会貢献してきたのですが、自社の本質はコンテンツによってコミュニケーションをデザインすることであるという理念の下で、新しいビジネスを展開していく必要があると考えて、印刷業から脱却することにしたのです。
つまり、この会社のように自分たちのやっていることの「本質」は何かを考えた場合は、印刷会社という看板である必要がないということなのです。
——業態を劇的に変えようとされてらっしゃるわけですね。
江口そうです。例えば、メニューの役割は何でしょうか。お店の商品を見せて理解してもらい、選んでもらうためのものであって、それがたまたま今は印刷で作っているだけなのです。ロンドンのあるレストランでは、天井からディスプレイを吊るして、プロジェクターを通してテーブルの上のお皿にメニュー(料理)の画像を投影しています。もう従来のメニューは使っていません。目の前のお皿に実際のメニューを見せられたら、非常にリアルで楽しいですよね。このように技術の進化によってメニューのあり方も進化してきているのです。そうなると、もう紙のメニューに戻ることはありません。
——印刷の次の技術が押し寄せてきているのですね。
江口ええ。現在している仕事の「本質」とは何かを考えてみた場合に、印刷することだけが本来の仕事の「本質」なのかどうかです。印刷という商品ではないもの。単なる媒体を作ることは何を意味するのかを考えてみてください。いま作っている印刷物にはそれぞれ目的があるでしょうから、それを理解したうえで自分たちのしている仕事の役割を考え、その先を予見しなければなりません。すると、自ずとやるべきことが見えてくるはずです。
顧客が何も言わないから、そのまま印刷物を作って届ければ良いと考えるのではなく、「社長、いまはこのような印刷物では効果がありません。デジタル技術を使ってこう見せたほうが大いに効果がありますよ」と提案していく時期なのです。提案されれば、顧客は「それは、そうだね」と賛同し受け入れてくれるかもしれません。紙からサイネージにすることはお客さんにとってもメリットがあるのです。そのことを理解しなければなりません。「本質」を考えてみてください。印刷でなければなりませんか?
「デジタルサイネージコンソーシアム」のHP
http://www.digital-signage.jp
