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(150) 萩原 修

デザインを活かした独自の企画をプロデュースする

2004年に会社を辞めてから仕事の仕方を見つめ直し、「クライアントからの依頼で始めるのではなく、自分のこととして、やりたいプロジェクトを推進していく方法」で、さまざまなプロジェクトに取り組んできたのが、デザイン・ディレクターの萩原修さんである。固定された組織に縛られず、必要に応じて個人個人がつながって、プロジェクトを手掛ける紙のプロデューサーと言えるパーソンである。「社会ではさまざまなデザインが求められているが、カタチにしていく力や企画力、コミュニケーション力が問われている」という萩原修さん。実家の「つくし文具店」を継いで“地域とつながり、地域を開いていく店”を営みつつ、次々と商品開発を展開している。仕事に活かしていくためのデザインとはどうあるべきか。デザインに対する考え方、プロジェクトの進め方などについて話を伺った。

萩原 修 HAGIWARA SHU

PROFILE

1961年東京都生まれ。武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科卒業。大日本印刷で約10年勤務し、リビングデザインセンターOZONEで10年勤めて2004年に独立。実家の「つくし文具店」を継ぐ傍ら、「プロジェクトファーム」という活動を通じて、書籍、日用品、店舗、展覧会、コンペなど、さまざまなプロジェクトを企画しプロデュースを手掛ける。明星大学デザイン学部デザイン学科教授、その他各大学の客員教授や非常勤講師を務める。著書に「9坪の家」(廣済堂出版)、「デザインスタンス」(誠文堂新光社)などがある。

自らプロジェクトを立ち上げデザイナーを選定していく

——仕事を行う上で、ポリシーは何でしょうか?

萩原私の仕事に対する考え方は、一般のデザインに携わっている人たちと違っていて、クライアントから仕事を請負って行うことはほとんどしていません。そのプロジェクトをやりたい人と組んでやっていくことを基本的なスタンスにしています。私自身は、デザインはしないで商品を企画しプロデュースすることを仕事にしていて、「プロジェクトファーム」という名前の下で、プロジェクトを立ち上げて、市場に商品を生み出す活動を行っています。そして、考えた企画が商品となれば、それを販売し、売上から得た利益をプロジェクトに関わった人たちや法人の間で分配していきます。ですから、プロジェクトを進めるに当たっては、自ら資金を出すこともあります。現在までに、20を超えるプロジェクトに携わってきました。

——最初に手掛けられた商品企画は何でしょうか?

萩原独立して1年経った頃、立川市の印刷加工会社である福永紙工の社長、山田明良さんが来られて、平面の紙を立体にした商品を開発しようということになり、商品を開発するに当たって「かみの工作所」を立ち上げました。これがエポックメーキングの出来事と言えるでしょう。そして、1枚の紙から作るという発想の下で、試行錯誤を重ねて生み出したのが「空気の器」になります。空気を包み込むように形を自由に変えられる紙の器です。この商品はその後、色や柄を増やしていくことで現在でも売れ続けています。

この商品に限らず、携わる企画ではデザイン事務所、メーカー、販売会社など関わった人や法人みんなが、それぞれがリスクを負うことになっています。そのために売って利益を出さなければ、それぞれにお金が入ってこないですから、年月をかけて売っていくしかないわけです。しかし、福永紙工では今では売上の半分近くが、この「空気の器」をはじめ、オリジナル商品の製造・販売になっています。つまり、印刷会社であっても、新しい自社商品を開発できる力があるということです。

——その印刷会社さんは「強み」というものを持ってらっしゃったわけですね。

萩原ええ。加工を得意とされていました。普通の印刷会社でしたら、開発し販売には至らなかったと思います。紙を器にする技術は、単にグラフィックデザインの領域だけではなくて、プロダクトデザインや建築分野のノウハウが活かされる時もあります。実際にこの商品をデザインしたのは建築設計事務所ですから、空間や立体を得意とされている建築家やプロダクトデザイナーと組んだことは大きかったと思います。

——通常、企画されて商品を開発するまでの流れは、どうなっているのでしょうか?

萩原企画を立ち上げて、商品を発表するまでに1年くらいはかけることになります。企画を決めて、デザイナーを選定し、プロジェクトに関わる人を集めて、話し合いを繰り返し、デザイナーがスケッチしたものをさらに皆で意見交換し、さらに何度も修正・変更を行って、ようやく試作品を作るという流れです。

顔が見える特定の人たちと関係を結び、アナログ的に仕事を進める

—— 商品は利益を出すことを前提にされているのでしょうか?

萩原そうですね。作った以上は売っていきたいですから、マーケティングや販路を確保してできる限り売っていくようにはしています。しかし、あくまでも自分が作りたいモノを妥協しないでしっかりと作るということをポリシーにしていますから、最初から売るために商品を作るという考えに固執してはいません。本当に欲しい人に買っていただければ良いと思っています。プロジェクトは企画・開発だけに関わるのではなく、やはり販売していくという流通の部分までしっかりと関わっていくようにしています。

モノはデザイナーとメーカーさえいれば作ることができますが、それだけでは事業は継続していかないので、売る人も居て、商品を買っていただく人も関わって、皆がハッピーになれるような仕組み模索しながらプロジェクトを立ち上げています。

——伺っていますと、ネットを駆使したデジタルよりもアナログ志向でお仕事を進められているようですが…。

萩原以前、リビングデザインセンターOZONEというところで、住宅に関わる仕事をしていました。そこでは住宅のあり方を見つめて、より良い方向に住宅を変えていく仕事をしていたので、その延長線上で地域と関わっているように見えるでしょうし、そのためにアナログ的な感覚を持ち続けていると言えるかもしれません。それと、私が開発する商品は、普通の暮らしの中で使うモノですから、デジタル化や便利さを追求したものというよりは、使っていて体に馴染む気持ちの良い素材でモノをつくる場合が多いので、その点でアナログ的というのか、クラフト的な方向に意識が向かっているとは思っています。

特定多数の人が集まってコミュニティを形成していくことに興味があるので、それがモノを開発したりするプロジェクトについても共通するものがあるでしょうね。顔が見える特定の人たち同士でスタートして、次第に外の市場を開拓していくというイメージで取り組んでいます。

——大学やデザイン研究所で客員教授、非常勤講師などを務めてらっしゃいますが、学生たちにはデザインについては、どのように教えてらっしゃるのでしょうか?

萩原去年、明星大学がデザイン学部を立ち上げたのを機に、教授となって学生に教えに行っているのですが、大学ではこれからのデザインの仕事について、成果が生み出されるまでの行程を重視しながら、デザイン力を身に付けてもらうための独自のカリキュラムを組んでいます。

従来の美術大学では美的構成力というのか、造形としてのデザインを学ぶことに比重が置かれていたと思いますが、明星大学ではデザインを学んで、どんな仕事に就けるのかを示しつつ、デザインはヒトとコトとモノが関わるものだと教えています。ですから、人に対して具体的に伝えることが大切になります。プレゼンテーションやコミュニケーション力を含めて表現することの重要性を学んでいます。

デザインはとかく、形から入っていくケースが多かったわけですが、そうではなく、世の中を分析する「分析力」や、実際に発想する「発想力」、全体を取りまとめていく「統合力」もデザインとして重要であるし、それらを含めて企画しいくことが大切であると考えています。そして、それらに「コミュニケーション力」、「プレゼンテーション力」、「美的構成力」という表現が加わって、デザインというものが形成されていることを、事あるごとに伝えています。市場では専門職のデザイナーだけを求めているわけではなく、企画やあるいは営業に関わる部分など、いろいろな人材を求めていますから、そのニーズに相応しいデザイン力を持った人材を輩出していけたら、というコンセプトで、大学はカリキュラムを組んでいます。

さまざまな業界・業種でサービスに根ざしたビジネスが展開されていますから、企画を考えられて、しっかりとしたプロデュースができるサービス系に強い人材を育てていければと思っています。いまや多くの職種でデザインの力が必要とされていますから、非常に重要な仕事だと考えています。

自社が担っている部分は何かを知り、全体像をつかむことが大事

——なるほど。では、印刷会社ではデザインを軸にした経営戦略は、どう考えれば良いと思われますか?

萩原多くの印刷会社は、下請けとしてクライアントから仕事が来るのを待っているだけですから、それだけでは厳しい環境下に置かれてしまいます。自社を変えていく必要があるでしょう。これまでデザインを含め、能動的に仕事を創り出したことがなかった印刷業界ですから、それを変えるのは非常に難しいでしょうが、やり方はそれぞれあるはずです。会社によって得意な分野と不得意な分野があるでしょうし、また人材面からみても、できることとできないことがあるでしょう。

例えば、モノを企画し作ったところで、営業して販売する体制やルートを持っていないと、意味がありません。まずは営業に注力して売って行ける人材を確保していく努力をする必要があると思います。それとは別に、自社の技術や強みをきちっと把握して、それを外部にしっかりと伝えていくことも大切になるでしょう。その辺りが印刷会社にはできていないですよね。世の中には才能を持ったクリエイターやデザイナーがいますから、その人たちとコラボレーションしたり、上手く使ったりして、商品開発することも考えられて良いのではないでしょうか。印刷会社はクリエイターたちを上手く活用することができていないなと、感じますね。

——印刷会社が地域と関わって、モノを作ったり、新たな仕事を展開したりしていくという方法は…。

萩原元々印刷会社は、その地域の地場産業だと思いますので、その強みを活かした方法で、もっと地元に密着したビジネスを展開していくべきだと感じますね。東京であっても、身近に印刷工場があって、デザイナーを使ってモノを企画し作っていける土壌があり、実際に販売できる店舗もあるのに、顧客のニーズを掴めないまま、同じ営業先を回っているだけですから…。いかにクライアントから発注をいただくかに注力している感を受けます。

——印刷会社に望まれることとは…。

萩原印刷会社がクライアントの印刷物を作る場合に、クライアントがどうしてその印刷物を作りたいのかという目的や、あるいは仕事の全体像を知らないことが多すぎます。少なくとも全体像を掴んでいて、その中のこの部分を当社が担っているという意識を持っていて欲しいですね。そして、クライアントだけでなく、外部のデザイナーや販売会社、さらにはクライアントのお客に当たるエンドユーザーなど、印刷物に関わる人たちはどうなっているのか。関係してくる人たちとのコミュニケーションは取れているのかどうか。そのような点にもっと力を入れていくことがポイントになると考えます。

「空気の器」

「空気の器」。形を自由に変えられるので、さまざまなモノを入れられるのが特長である

自社の技術や強みをきちっと把握して、それを外部にしっかりと伝えることも大切です。その辺りが印刷会社にはできていないですよね。

———— 萩原 修

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