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(182) 唐仁原 教久

イラストレーションを文化として後世に伝える

イラストレーションを主体に、広告・装丁・雑誌などのアートディレクターも手掛けている唐仁原教久さん。デザイン事務所ハッピー・バースディ・カンパニーを経営する傍ら、都内にイラストレーションギャラリー「HBギャラリー」を開廊している。かつてスタッフだったイラストレーターが、フリーとなって活躍する姿を数多く見続けてきた。そんな若いイラストレーターを育成し輩出してきた重鎮として、イラストレーション業界への貢献度は非常に大きい。そんな唐仁原さんに現在の仕事の内容やイラストレーターの現状について話を伺った。

唐仁原 教久 TOJIMBARA NORIHISA

PROFILE

1950年鹿児島県生まれ。1984年デザイン事務所「ハッピー・バースディ・カンパニー」を設立。1985年「HBギャラリー」を開廊。イラストレーター、またアートディレクターとして広告・装丁・雑誌などを中心に多くの作品を手掛ける。主な著書に『雨ニモマケズ』(朝日出版社)、『雨のち晴れて、山日和』(山と渓谷社) 、『『濹東綺譚』を歩く』(白水社)、高倉健との共著『南極のペンギン』(集英社)、鎌田實との共著『雪とパイナップル』(集英社)等がある。

クライアントの意図を汲み取って最適なイラストレーションを描く

——現在はどのようなお仕事をされていらっしゃいますか?

唐仁原イラストレーションが中心です。本の装丁に絞って仕事をしていますが、挿絵や広告などでイラストレーションの話をいただければ、その都度お引き受けしています。私の場合は墨一色の線画がほとんどで全てアナログの手描きになり、色を付ける場合はスタッフの人にPCに取り込んでもらって、デジタル作業で色付けし、完成しましたら、データをクライアントにメールで送信するというスタイルをとっています。

——昨年『『濹東綺譚』を歩く』という著書を出版されましたが……。

唐仁原永井荷風の『濹東綺譚』の世界観に以前から惹かれていたこともあって、この名作が朝日新聞に連載されて80年が経った昨年、同書の挿絵を描いた木村荘八の向こうを張って、『濹東綺譚』の挿絵を描いてみたいとの思いで出版しました。実際に荷風が歩いたゆかりの地を辿ったり、また、図書館で荷風に関する資料を読み漁ったりして、挿絵だけでなく文章も執筆しました。永井荷風と木村荘八へのオマージュになればと思っています。ただし、出版するまでかなり苦労しましたが…。

——そうでしたか。イラストレーションはクライアントの要求に応じて描かれるかと思いますが……。

唐仁原イラストレーターは、クライアントから印刷物や本、媒体のイラストレーションを依頼されましたら、クライアントの意図を汲み取って最適なイラストレーションを描くことが最も大切だと考えています。私もそうなのですが、昨今のイラストレーターは、ホームページ上に自分の作品を掲示していますから、それを見たクライアントが、その作風で仕事を発注してくるケースが多くなっています。ですから、イラストレーターはいかに自分の作品を知ってもらうかが重要ですし、他者にはない個性をどう打ち出せるかがポイントになります。

——イラストレーターが非常に増えましたから、安定して仕事を受注できる人は限られているのではないでしょうか?

唐仁原はい。今や飽和状態です。プロとして生計を立てられる人は一握りです。デザイン事務所や広告代理店のスタッフとして働きながら、あるいは全く違った職種のアルバイトをしながらイラストレーションを描いている人がほとんどです。非常に厳しい状況下にあります。イラストレーターの数があまりに増えましたから、「このイラストレーターのタッチが良い」「この人に頼みたい」と、クライアントに、いかに指名されるかが重要になります。しかし、仕事を受注できる人は運が良いという感じですね。イラストレーターの中には版画の制作も行っている人がいますが、各自で何とかして個性を発揮した作品を制作しようとしている状況です。

——長年、イラストレーターを育成し世に輩出されてこられましたが、昔と今とではイラストレーターの質は違ってきましたか?

唐仁原この20年くらいの間に多くのデザイン専門学校が生まれ、イラストレーションを教える場所が増えましたから、そのような学校を出てからイラストレーションの道に進む人が増えてきました。ですから、基礎を学んでいるので画を描く力は皆さん持ち合わせていて、才能のある人が昔より格段に増えています。ただ、いかんせんイラストレーターの数が増え過ぎますと、それだけ競争が激しくなりますから、クライアントは少しでも安くて質の良いものを求めるようになるわけです。

イラストレーションは印刷・Webに限らず文化の1つである

——それに、ネット上には安価を売りにしたイラストレーションが増えていますから、個人のイラストレーターにとっては脅威ではないでしょうか?

唐仁原そうですね。ネットの影響は非常に大きいです。昨今のクライアントは、事前にマーケティングを行って媒体のデザインを決めて制作するのが普通です。イラストにしてもデザインに合ったものは何かを突き詰めますから、媒体のイメージに合ったイラストレーターに発注するようになります。私の場合は、私の作品を見て、同じようなテイストのイラストレーションを別のイラストレーターが描いて、それをカンプとしてクライアントに提案することが多いです。クライアントがそのカンプを見て気に入りますと、実際に私に仕事を発注してくるのですが、話をいただいた段階で、既にどのようなイメージでイラストレーションを描けばよいのか決まっているケースが多いわけです。そのダミーで描かれたイラストを見ますと、完成度の高さに驚かされますね。

——なるほど。ところで1985年にHBギャラリーを開廊され、長年、イラストレーションの展覧会を運営されてこられましたが……。

唐仁原ええ。HBギャラリーでは定期的にイラストレーションの展覧会を開いてきました。当社のスタッフだったイラストレーターで独立して活躍している人もいます。その人たちには作品を発表する場として利用してもらっています。また、ギャラリーを運営していますと、時代時代のイラストレーションの流行やイラストレーターの個性が見えてきますので、こちらとしても新たな表現方法を知らされることもあって楽しいですね。

——そのようにイラストレーターを支援するギャラリー運営の他に、「HB塾」も開業されていらっしゃいますね。

唐仁原「HB塾」は、HBスタジオを横浜市青葉区に移転し、2016年10月からスタートしたもので、イラストレーション・スクールになります。「HB塾」では私と装丁家の大森賀津也氏が講師となり、これからイラストレーターとして仕事をしていきたいと考えている人たち、またプロとしてイラストレーターになったものの、入り口で立ち尽くしている人たちを受講生として迎えています。テーマに合ったイラストレーションを描いて実態感を養う講座の「装幀・挿絵コース」と、さまざまな画材を体感しながら現在描いているイラストレーションをステップアップさせるための講座の「実技コース」で進めています。プロを目指すイラストレーターのために、少しでもお役に立てればという考えで開講しています。

将来、イラストレーションの制作がAIによって自動化される時代になったとしても、人がアナログで描くことの意義は大きいと考えています。イラストレーションは印刷であれ、Webであっても、文化の1つであると考えています。元来は人が考えて制作するクリエイティブなものですから、将来も必ず残っていくはずです。可能な限り手描きの大切さを伝えていきたいと思っています。

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著書『『濹東綺譚』を歩く』

イラストレーションは
人が考えて制作するクリエイティブなもの。
将来も必ず残っていくはず。

———— 唐仁原 教久