月刊GCJ
GCJパーソンズ
(171) 篠原 慶丞
紙の価値を備えた商品を作る仕事をしていきたい
印刷・製本業界は、近年、変革の岐路に立たされており、個々の企業に合った事業で、市場を切り拓いていくことが求められている。そんな状況下、独自の路線で異彩を放っているのが有限会社篠原紙工である。同社を牽引する篠原慶丞社長は、デジタル社会にあって、紙媒体の持つ価値を引き出したクリエイティブな製本会社を営んでおり、業績は好調に推移している。その魅力に惹かれて若い人たちの入社が増えているのも同社の特徴だ。本社4階は「Factory4F」と名付け、製本加工業務の傍ら、地域や企業に向けて紙加工の見学会や各種イベントを開催、製本・加工に関する情報発信を行う場として、業界だけでなく地元との交流を重視した経営を展開している。その経営手腕を中心に、入社から現在までの経緯について話を伺った。
篠原 慶丞 SHINOHARA KEISUKE
- PROFILE
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1972年東京生まれ。1991年高校卒業後、有限会社篠原紙工に入社。配送トラック運転手、製本加工機のオペレーターを経て、2013年代表取締役に就任。現場で培った技能と印刷・製本に関する幅広い知識、デザインに関する造詣を持って会社を牽引。デザイナーとのコラボレーションで製本の新しい見せ方を編み出している他、自社商品も次々と開発。本社4階の「Factory4F」で、製本加工の見学会、セミナー、イベント、ワークショップを定期的に開催している。
仕事を早く終えるために工程管理表を作成し業務の効率化を図った
——入社された経緯について教えてください。
篠原高校卒業後、何か仕事をしなければとなった時に、父親がいまの製本会社を営んでいて、子供の頃からそれを見てきたこともありましたので、アルバイトから始めて社員となり今日まで続けているという感じでしょうか。ですから、好きでこの仕事に就いたとか、将来事業を継承するとかという気持ちは、全くありませんでした。最初の3、4年はトラックの運転手として製本加工した本を配送する業務に従事しました。配送の合間には断裁、折り、中綴じなどの製本加工の仕事を手伝うことがあり、次第に製本現場の仕事ができるようになったわけです。
25歳くらいの時に足立区に第2工場を設けたので、そこで製本加工のリーダーに就きました。まだ若かったので夜遊びしたいという気持ちが強く、とにかく仕事を早く終わらせることしか考えておらず、そのことをモチベーションにしていたのを覚えています。そのためにはどうすれば良いかを考えるようになり、そこでまず、作業効率の良いワークフローにするために工程管理表を作成し、それに則って仕事を進めていくことにしました。自分が機械を操作しますので、セットや回転数などを速める工夫をし、業務の効率化を図ったわけです。そのようなことをしていくうちに成果が出始めると、だんだんと仕事が楽しくなってきて、気づいたら、この仕事って面白いなあ、という考えに変わっていきました。
——仕事が楽しいと思えるようになったことが、現在の貴社の経営方針に繫がっているのでしょうか?。
篠原そうかもしれませんね。そうこうして5年程経った頃に、本社と工場を統合して現在の場所に移転することになりました。製本は受注産業で、得意先から発注を受けて仕事をしていくというスタイルですから、お客様が言うことには対応しなければなりません。すると、そのことでいろいろとトラブルが起こることもあって、会社が困窮する状況になったのです。1社の顧客に依存した経営を続けていたために、いざそこと取引がなくなると売上が大きくダウンするわけです。それではいけないということで、お客様を開拓していく必要があると考えるようになり、営業でお客様を増やしていくようになりました。ただ自分は仕事が面白く感じるようになっていたのですが、果たして社員はどうなのだろうかと……。そこで、社員も仕事を楽しいと感じ、自分の仕事に誇りを持ち、生きがいにできるような会社にしていこうという考えが芽生え始め、そんな会社を作っていきたいと思うようになったのです。当時、製本会社には希望を抱いて入社してくる若い人は、どこにもいませんでした。それでもいつかは当社を、大きな希望を抱いて入社してくれるような製本会社にしていきたいと思うようになったのです。
「篠原紙工で働きたい」という向上心のある若い社員が増えた
——多種多様な仕事をするようになったのはいつ頃からでしょうか?
篠原8年程前からですね。デザイン会社や広告代理店とお付き合いをするようになって、仕事の幅が広がっていきました。デザイナーが当社の製本のアイデアを活かしたデザインを考え、形にしていくという1つの手法が出来上がりました。ただし、すぐに業務として確立できたわけではありません。少しずつお話をいただきながら、本格的な事業になったのは3年ほど前からでしょうか。
——その原動力となったのは何でしょうか?
篠原きっかけは若い社員たちが入社してくるようになったことですね。川上のデザイナーや制作会社とコラボレーションをする仕事を増やしていくようにしたことで、会社としても業績が上向き始め注目されるようになったのです。こういうことがありました。5年ほど前に当社のホームページを見た大学生から「新卒の採用はしていないのですか?」という問い合わせがあったのです。当時は新卒を採用することなど考えていませんでしたが、とりあえず話だけでも聞こうと、来社してもらいました。それで結局採用することになりました。その後、方法はどうあれ、「篠原紙工で働きたい」と言ってくる若者が増えるようになり、当社もそれに呼応してどんどん採用することにしたのです。
——モチベーションのある若い社員さんが増えてきますと、社内は活性化してくるのではないですか?
篠原はい。従来からいる社員も単に機械を回すことが製本業の仕事ではないという気持ちになって、若い社員と共にいろいろな仕事に積極的に取り組むようになりました。そんな相乗効果によって新しい仕事が増えているところです。
——自社で次々と商品開発をされていらっしゃいますが……。
篠原当社の製本技術を知ったお客様から相談されるようになり、仕事の発注が増えるに従い、お客様と一緒になって商品を開発していくことが多くなりました。例えば、「ノリトジックシステム(のり綴じ)」(特許取得済)は、環境に優しいエコ綴じで、糊付けと折りを同時に加工するものですが、高速の中綴じにもズレることなく糊を付着できるようにして商品化しました。その他にも、新しい折りを表現した「いいかげん折り」、開くと飛び出すポップ「トースターポップ」、抜きの技術を活かして切り込みを入れた「独自のマジック折り製法」などがありますが、どれもお客様からの相談や要望を受けて開発したものばかりです。
——なるほど。実現できる技術を持っていたからこそ、開発できるのだと思いますが……。
篠原お陰様で当社は製本加工技術が高いことで評価をいただいています。でも、お客様の考えやアイデアを、当社がカタチにするお手伝いをさせていただいているだけです。そのためには、企画の段階から打ち合わせをして、専門的な知識を説明させていただき、制作会社やデザイナーの方たちと共に商品を開発して、お客様のニーズに応えるパートナーでありたいと思っています。
実際にお客様の反応を知ることで、より良いモノを作る気持ちが出てくる
——ところで、本社4階の「Factory4F」のコンセプトを教えてください。
篠原この「Factory4F」は、当初はオープンファクトリーとしていろいろな企業やフリーランスの人たちに、当社の製本加工の機械を使って自由に商品を作ってもらうことを考えていましたが、既に世間では同じようなファクトリーが立ち上がってきていましたので方針を変えました。製本会社の仕事は実際のところ世間では知られていませんから、もっと知ってもらおうと、地元の小学生や一般の人たちに工場見学会を開催することにしたのです。それで一番良いのは、実際に工場に来てもらって仕事ぶりや商品を見てもらうことだと考え、多くの方に来てもらえる場所として、「Factory4F」として開設したのです。ここでは通常の業務を行っていますが、事前に見学日を決めて、随時多くの人たちにありのままの仕事を見てもらえるようにしています。また、このスペースを利用して、トークショーやセミナー、ワークショップなどを開いて製本を身近に感じてもらっています。さらに、ホームページやフェイスブック、ツイッターを使って、当社の情報を発信していくことも始めました。多くの人たちに製本会社ではどのような仕事をしているのかを知ってもらうことが必要だと思っています。
——それらのイベントによって、実際、受注増に繋がっていますか?
篠原そうですね。売上には良い影響を与えていると言えるでしょうね。しかし、当社がそれらのイベントを開催することによって、関わっている社員の気持ちが変わり、モチベーションが高まることのほうが嬉しいです。普段私たちは、目の前の紙と仕様書しか見ていません。お客様の顔を見ないで仕事をしているわけです。工場見学やイベントで来られる方々が、自分たちの作った本や販促品を手にして、社員は初めてお客様の正直なリアクションを感じ取るのです。お客様の表情や言葉によって完成した商品の良し悪しが分かるのです。それによって、次回からお客様に喜んでもらうためにはどうすれば良いのかを考えるようになり、より良いものを作ろうという気持ちが沸き上がります。実はそれが様々なイベントを行う上で当社にとって最大のメリットになっています。
——お客様の反応を知ることが重要なのですね。それは印刷業にも言えると思います。
篠原はい。当社では紙の価値を備えた仕事をしていきたい、という思いで仕事に取り組んでいます。では、紙の価値とは何なのかと言えば、どうしても紙でなければならないもの、紙であるからこそ、この商品は成り立つ、というものです。
紙の価値は4つあると思っています。それは「感動させる力」「人の心を動かす力」「伝える力」「所有欲を満たす力」の4つです。当社としては、それらの4つの紙の価値に携わって、紙に拘る商品を作っていけたら良いなと常々思っています。世の中では、紙の価値や魅力があまり明確に伝わっていないと感じることが多く、紙が疎かになりつつある市場ですが、それを何とか変えて、紙の価値を伝えられるような製本加工の仕事を続けていければと考えています。
