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(202) たぶき 正博
人を感動させる「力」のあるリアルイラストで価値を提供する
イラストレーターの作風は実にさまざまである。人物をデフォルトしたマンガ風作品を描く人か らソフトウェアを駆使してデジタルアートを創作 する人まで、100人のイラストレーターがいれば100通りの作風があると言って過言ではないだろう。今回登場していただいた、たぶき正博氏は、精緻な作品を描くリアルイラストレーターである。最初は筆とエアブラシによるアナログ描きからスタートし、この20年はソフトウェアを駆使したデジタル作品を創出してきた。そんなイラストレーションの世界でプロとして生き残っていくためには何が必要だろうか。フリーとなって42年、イラスト制作に携わってきたたぶき氏に、創作に対する考え方やこれからのイラストレーションのあり方など、幅広い角度から話を伺った。
たぶき 正博 TABUKI MASAHIRO
- PROFILE
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1953年大分県生まれ。76年武蔵野美術大学造形学部卒業後、広告代理店に入社。78年フリーのイラストレーターとして独立。広告、パッケージ、科学雑誌のイラストなどを制作。80年紀文「おいしいイラスト」奨励賞受賞。91年「日本野鳥の会」に入会。野鳥と自然観察を始め野鳥と自然をテーマにした創作が増える。94年「日本ワイルドライフアート協会」創設に参加。以降、各展覧会に出品。2008年より宝塚大学東京キャンパス非常勤講師。09年米国Woodson美術館「Birds in Art」入選。http://www.tabuki-art.com/
リアルイラストの真髄は「本物」を描くこと
Q イラストレーターになられた経緯について教えてください。
武蔵野美術大学の造形学部を卒業後、広告代理店に就職しデザインの仕事に就きました。仕事上、外部のイラストレーターの人たちの作品を見る機会があり、さすがにプロの作品は素晴らしいと思っていたのですが、ある日、予算がほとんどない仕事に取り組むことになり、外部のイラストレーターに依頼できないとなり、上司から試しにイラストを描いてみないかと言われて描いたトマトの絵が、イラストの最初の仕事になります。その出来が良いということで、その後少しずつイラストを描く機会を与えられ、1年半ほどデザインとイラスト制作を続けていました。でも、イラストの仕事が増えるに伴い、職業として考えるようになり、それで会社を辞めてフリーのイラストレーターになることにしたのです。1970年代後半は、アメリカからスーパーリアルイラストレーションが日本に入って来た頃で、リアルイラストレーションの全盛期でした。ポスターをはじめ各種媒体でそのようなイラストを描ける人材が求められていましたから、仕事には困らなかったですね。また、「紀文のおいしいイラスト」というコンペティションがあって、それに応募したところ奨励賞をいただきましたので、今後イラストレーターとして続けていける手応えが出てきたことを覚えています。
Q スーパーリアルイラストレーションというブームの追い風があったわけですね。
はい。フリーになって間もなく、知り合いのつてでガソリンスタンドのノベルティのマッチ箱で実際の車を描く仕事を引き受けました。1点当たり3万円のギャランティでした。今日の物価からイラスト料金を考えますと3倍以上の価値はありましたので、今で言う“おいしい仕事”と言えるかもしれませんが、当時はそんな仕事を値段が安いという理由で断わるベテランイラストレーターがいたために、私にその仕事が回ってきたというのが背景としてありました。
ただし、当時でも雑誌の挿絵になりますと、料金は一桁安かったです。イラストレーターとしてやっていくのであれば、企業の広告・ポスターやパッケージ制作の仕事を引き受けるようにと先輩方から言われていましたので、そのことは常に念頭に置いて仕事を受けていました。
Q 技術があれば仕事があった時代だったわけですね。イラストを描く上でポリシーにされていたことは何でしょうか?
当時は“嘘を描く”イラストレーターが結構いました。嘘を描くとは、例えば、葉っぱの付いたリンゴを描くとしたら、その葉っぱが茎のどこから出ているのか、実物通りに描かなければならないのに、不自然なところから葉っぱが出ているということです。また、家のイラストにしても日射と影の向きが実際と同じでなければならないのに、違っているとか、要するにリアルイラストの真髄は実物と同じものを描くということが絶対条件になります。それを無視してしまうと、そのイラストは嘘の絵ということになるわけです。人物や動物でしたら、その体の構造を把握し、科学的に正確に描いていく必要があります。リアルイラストは科学的見地に立って、実物通りに描くのが基本になります。
手描きのアナログのほうがコンピュータよりも「力」がある
Q どのような絵を描かれることが多いのでしょうか?
昔から野菜、果物、花・植物、動物などの生物は数多く描いてきましたから、最も得意とする分野と言えるでしょう。食品では新鮮さとシズル感の表現を一番重要視しています。必ず本物を手に入れて質感を確かめながら描いています。パッケージの絵は菓子、飲料、冷菓、ヨーグルト、ベビーフードなど、かなり幅広く請け負ってきました。健康的で明るい色使いを信条に、そのメーカーや商品のブランドを引き立たせるようなパッケージづくりを心がけています。また、出版物には食物や野鳥などの作品を描いています。
動物についてはさまざまな角度からの写真を参考にしたりして、自然な動作から、その動物らしい体勢や表情を切り取ったような絵を描くようにしています。ホームページ上に作品ギャラリーを設けて分野別に展示していますから、ご覧いただければ幸いです。
Q 近年は野鳥を描かれることが多いようですが。
90年代になって趣味として野鳥の観察を始めたのがきっかけです。荒川の河川敷で野鳥を観るグループに参加したところ、こんな汚いところに野鳥が生き生きとしているのを見てその生命力に驚嘆しました。人間にしてみればゴミ捨て場のような場所が、鳥たちにすればまるで天国のような場所なのだと気づかされたわけです。その後、「日本野鳥の会」に入会し、本格的に野鳥の絵を描くようになりました。自宅近辺の荒川や都立水元公園によく出向いて野鳥を観察しています。野鳥を観察するようになり、野鳥の季節ごとの生態が分かるようになり、イラスト制作に活かされています。そんな野鳥や自然観察が趣味と言いましょうか、ライフワークになっています。
Q アナログとコンピュータとでは、作品の違いについてどう思われますか?
展覧会で展示する場合は、コンピュータで描いたイラストよりも、アナログの原画のほうが作品として「力」があります。人気が出るのは手描きの絵の具やマチエールのほうで、コンピュータにはないアナログの「力」として感じられるからだと思います。それにコンピュータで描いた作品はプリントアウトしなければなりませんから、多色インキを使ってプリントしたとしても、奥深さや厚味が出てこないわけです。その違いは大きいですね。
昔は、エアブラシを駆使していかに綺麗な青空が描けるか、いかに綺麗な色使いやグラデーション、細かい線が描けるかという技術力が大切でした。しかし、コンピュータ制作ではそれらが簡単にできますし、誰が描いても同じような作風になってしまいます。むしろコンピュータの作品は綺麗すぎるところがあります。ですから、逆に今ではコンピュータを使っていかに手描きの味、独特の味が出せるかに変わりつつあります。自然な感じの汚れ具合を表現するようなことを追求するようになり、人間臭さを表せる創作になりつつあります。

果物4種類
人より抜きん出ている技術や個性がないと生き残るのは難しい
Q コンピュータが発達しても、手描きの技術力、表現力は大切になるということですね。
ええ。精緻な表現を手描きで描けることは基本として必要です。そして、手描きで描ける人はコンピュータでも上手く表現できるようになります。手描きで描けない人は、頭の中に知識や情報が何もない状態で描こうとしても、上手く表現して形作っていくのは無理ですね。手描きの時に覚えた、絵を重ねて描いたり、ぼかして描いたり、遠近感を与えたりという技術は、コンピュータで描く時に生きてきます。ですから、デッサンであるとか、手描きの技術・ノウハウをしっかりと身に付けておくことは、プロのイラストレーターになる条件と言えるでしょうね。週に1回大学でイラストレーションの科目で教鞭を執っているのですが、学生には手描きの技術の重要性については常々話しています。
Q イラストレーターのプロ、いわゆる職業としてやっていくためには、何が必要になるでしょうか?
人より抜きん出ている技術や個性、何かが秀でていなければ生き残れないでしょう。それと、一つの分野を得意としていればライバルも少なくなりますから、得意分野を突き詰めていく方法もあります。例えば、スポーツイラストレーターのように、体の動きを把握して専門的なことをきっちりと描けるイラストレーターは、生き残れる可能性が高いです。リアルイラストの良い点は流行り廃りがないことで、確実な仕事をしていれば長く仕事を続けていけるメリットがあります。例えば、鳥や植物などの図鑑を描くイラストレーターは、蓄積すればするほどその人の実績となっていつまでも仕事が入ってきます。そして、最後には鳥や植物の学者に匹敵するくらいの知識を持つようになってきます。
Q 10年後くらいの将来、イラストレーションの世界はどうなっていると思われますか?
イラストレーションの仕事では、絵本のような創作する需要はまだまだあるかもしれません。また、伝統的な時代劇の挿絵を描くイラストレーターなども残っているのではないでしょうか。しかし10年後となりますと、コンピュータにこのような絵を描いてほしいと指示すれば、AIが膨大なデータを分析して自動的に最適な絵を描いてくれるようになるでしょう。検索項目に「リンゴ、四分割に割った状態、シズル感」と打ち込むと、即座にリアルな絵を描くという···。そのような世界になった場合に、イラストレーターにとってはますます厳しい世界になっていることは確かですね。これからプロのイラストレーターを目指される人は、クリエイティブで個性的であると同時に、人にいかに感動を与えられるかが、今以上に問われてくるでしょう。
————たぶき 正博
