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(141) 西原 弘
環境からビジネスを発想するエコスタイリスト®
「環境と経営」を切り口にしたコンサルティングを行っている有限会社サステイナブル・デザイン研究所取締役社長の西原弘さん。肩書の「エコスタイリスト」を登録商標し、くらしとビジネスをエコスタイルにリ・デザインすることをモットーに仕事に取り組んでいる。環境省や印刷関連団体の報告書・ガイドラインの策定や、エコ印刷に関する講座の開催、環境マネジメントシステムの審査、認定・認証業務等を通じて、印刷業界と深く関わっているパーソンである。そんな西原さんに持続可能な社会を目指す上で、印刷会社はどのようなスタンスで環境対策に臨み、ビジネス活動をしていけば良いのか。印刷業界のこれからの経営方針、営業戦略も含めて幅広い観点から話を伺った。
西原 弘 NISHIHARA HIROSHI
- PROFILE
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1968年神奈川県生まれ。1991年東京大学文学部社会学科卒業。1991年~2002年(株)三菱総合研究所に研究員として勤務。2002年(有)サステイナブル・デザイン研究所を設立し取締役社長に就く。2003年から2006年立教大学観光学部兼任講師(環境社会学)。グリーン購入ネットワーク理事、エコ印刷研究会幹事。技術士(衛生工学部門)、エコアクション21審査人、ISO14001環境審査員補、LCAエキスパート等。
公害対策から環境効率の向上へ進んできた市場経済
——はじめに、社名の「サステイナブル」の意味を教えていただきたいのですが?
西原日本語では「持続可能」と訳されます。歴史をひもとくと、1960年代、公害問題が世界的に問題化し、「人間を犠牲にしてまで経済成長を優先して良いのか」、「環境を悪化させないで成長する方法はないのか」といった議論がされ始めました。1972年にストックホルムで開催された国際連合人間環境会議以降、環境問題が国際政治の課題となりました。同年には、ローマクラブ(スイスに本部がある民間のシンクタンク)が『成長の限界』という報告書を出版しています。人間がこのまま資源・エネルギーを使い続け、環境を汚染し続けていくと、早晩、許容範囲を越えて環境が劣化し、経済成長は停止せざるを得ないという警告的な内容でした。では、どうしたらよいのか?198年代後半に、「経済成長しても資源・エネルギーの不足を招かない、環境を悪化させない」という問題意識から生まれたのが、サステイナブルという思想です。そして、90年代後半になると、ヨーロッパを起点とする「環境効率」という発想が広がりました。サステイナブルな市場経済を実現するために、「より少ない資源(分母)で、より多くの価値や利便性(分子)を提供する」のが環境効率という考え方です。
これを踏まえて、産業界/企業が環境効率の高い製品やサービスを提供すれば、世の中の役にも立つし、ビジネスの起爆剤にもなる、ということで2000年代以降、多くのエコ商品が誕生しています。日本企業が得意とするエコカーやエコ家電、エコ住宅など、環境効率の高い商品の典型ですね。印刷ならば、エコ印刷、ということになります。
——なるほど。印刷業界の環境効率は、どのような面で高まってきていますか?
西原環境負荷の削減ということでは、現像廃液を削減する装置、現像液自体を必要としない印刷、溶剤の回収・再生装置、フイルムからフイルムレス、さらにはプレートのリユースなど、様々な設備や取組の導入が進んでいます。溶剤も、グリーンプリンティング資機材認定を受けた、より有害性の低いタイプの製品が増えてきていますね。また、本機校正ではなくデジタルプルーフで校正を行ったり、さらには出力せずにデータだけで校正を行うことも増えていますね。こうしたことも、結果的に、環境負荷の低減につながると評価できます。
ただ、あくまで個人的な印象ですが、最近手にする印刷物を見ていると、以前と比べて誤字・脱字が目立つような気がします。かくいう私自身も、プリンターで出力してから間違いに気づいて、やり直すことが度々あり、もったいないと感じます。まして印刷業の場合、不良品の発生・刷り直しは、ビジネス的にも、環境的にも、使った資源・エネルギーが丸ごと無駄になるので、大きな損失です。
——品質と環境は、実はそういったところで関係しているのですね。
西原そうですね。環境マネジメントなんてやっていないよ、という会社でも、気づかないうちに、品質管理の向上を通じて環境負荷を低減している場合があるのです。しかも、環境マネジメントが経営改善に貢献する場合もあります。たとえば廃棄物の削減です。ヤレ紙、廃インキ、廃溶剤などは、元は原材料としてお金を払って仕入れたものです。経理上は、在庫としてカウントされています。それが不要物になって廃棄しようとすると、処理費というお金がかかります。経理上は、お金(在庫)を捨てるのにお金(処理費)を払うことになります。「お金をドブに捨てるようなもの」という言葉がありますが、それにもお金がかかるのです。ということを知れば、廃棄物削減の経営上の効果が分かりますね。
環境は、経営や営業、売上や利益と関係のない別物、コストがかかるだけではないのです。むしろ、今まで持たなかった着眼点として意識することで、企業経営を改善する新たな発想を生み出せる可能性があるのです。
——印刷業の環境問題を考えると、どんな例がありますか?
西原VOC(揮発性有機化合物)対策を例に考えてみましょう。2004年に、VOC排出規制のために大気汚染防止法が改正され、印刷業も規制対象になりました。VOCが大気中に放出されると光化学オキシダント(光化学スモッグ)の原因になるということで規制されたのですが、発生したVOCに最初に触れるのは工場で働く従業員です。労働安全衛生対策とも密接に関係しますね。発生したVOCは労働環境から迅速に排出する必要がありますが、そうすると、今度は生活環境問題として近隣苦情の原因になりかねません。トータルで考えると、VOCの排出を抑制したいなら、そもそもVOCの発生を抑制する、可能なら使わないようにするのが、もっとも合理的という結論になります。なお、印刷業界は規制前と比較して70%ものVOC排出削減を達成しています。
——印刷業の現場では、具体的にはどういう対策が有効なのでしょうか?
西原燃焼させたり回収・再生する方法もありますが、設備投資が必要です。現場で簡単にできる対症療法的な排出削減策としては、洗浄剤やウエスの管理はとても重要です。インキや溶剤が入った容器を開けっ放しにしておくと、どんどん蒸発しますね。ただ、容器の場合は空気に接する表面だけから揮発します。一方、ウエスは繊維ですから、表面積が広くなり、それだけ揮発量も多くなります。10年前に作成をお手伝いした「VOC排出抑制マニュアル」の中に実験データが記載されています。ですから、洗浄剤容器やインキ缶だけでなく、ウエス容器のフタ閉めが、単純ですが、効果的な対策になります。これもお金で考えてみてください。フタをしないで蒸発しているVOCは、元は、お金を払って仕入れた原材料・資材だったはずです。経理上は、お金です。お金をバンバン蒸発させているのと同じなのです。それが従業員の健康リスクや近隣苦情、大気汚染の原因になり得るのです。「続けた方がいいですか?やめた方がいいですか?」と聞かれたら、誰でも、「やめた方がいい」と答えるのではないでしょうか。
そこまで考えると、先ほども触れたGP資機材認定の製品に切り替えるなど、根源的な発生抑制策をとった方が、長い目でみて、企業経営にとってメリットがある、という経営判断も出てくるのではないでしょうか。実はそれが、サステイナブルの発想でもあります。
——では、サステイナブルの発想を、守りではなく、攻めのビジネスに生かすにはどうすれば良いのでしょうか?
西原印刷業でISO14001の認証取得事業所は約500件、エコアクション21の認証登録企業は約100件、グリーンプリンティング(GP)認定工場は約300件です。この件数には、重複している部分もあります。印刷・同関連業(印刷産業)の事業所数が約2万8千ですから、GP工場で1%強、他の認証を含めてもせいぜい2%という割合です。この2%の中で、認定・認証を有効に営業に活用できている企業はさらに限られています。
たとえば、インターネットで「エコ印刷」と検索すると、印刷会社ではなくて、オフィス・家庭用プリンターのトナー・インキ節約ソフトウェアの方が上位に表示されます。「環境印刷」で検索すると、環境マネジメントに関する情報が上位に表示されます。環境印刷やエコ印刷という言葉が、営業的な情報発信に、いかに使われていないかを示す端的な事例ではないでしょうか。
ただ、逆の見方をすれば、今、意図的に、そうした戦略をとれば、目立つことができますね。私が理事を務めるグリーン購入ネットワークの「エコ商品ねっと」という日本最大級のデータベースがあるのですが、ここに登録している印刷会社は、9社しかありません。今すぐ登録したら、ベスト10に入れるかも、という状況です。もちろん、一定の基準をクリアする必要はありますが。
——認定・認証やデータベースへの登録は、企業としての先行投資ですね。
西原そのとおりです。しかし、投資としての成果を回収できるかどうかは、営業戦略とともに、従業員教育、とくに営業マンの教育がカギになります。名刺や会社案内に、「当社は環境に取り組んでいます」と書いて、認定・認証のロゴマークを印刷してあっても、「そのマークは何ですか?」とお客様に尋ねられて、答えられないようでは、元がとれる、とれない以前の話ですよね。ですから、会社の顔でもある営業マンの知識と理解が重要なのです。
環境表示も品質の一部という認識で適正な管理と表示を
——元をとりたいなら元を取るための教育を、ということですね。
西原そうです。環境省の環境表示の信頼性に関するガイドラインの業務を受託したことがありますが、環境表示も、優良誤認等の不当表示の対象になり得ます。だからといって、避けるのではなく、自信をもってお客様に説明・提案できるように、正しい知識を営業担当者に身につけさせることが、会社としての差別化にもなります。なにしろ、これがちゃんとできている印刷会社は、1%あるかないかですから、今がチャンスです。
さきほど、環境と品質は関係があると話しましたが、表示の面から考えると、環境は品質の一部です。品質表示や成分表示は、どんな些細なミスや間違いもあってはいけないと、どの会社も神経をとがらせて厳しく管理し、誤表示リスクを極力排除しているはずです。環境表示も同じようにやりましょう、ということです。本来は、できて当たり前のことですが、現時点においては、競争力・差別化要因にできます。早い者勝ちです。
そのためには、自社がどのような資材を使用し、どのような環境表示が可能かを、調達部門や生産部門も巻き込んで情報共有し、お客様に間違いなく説明できるように教育研修を行う必要があります。また、各種環境表示の説明用のツールも用意しておくとよいですね。こうした取り組みは、認定・認証を取得していなくても可能です。
こうした面での従業員研修・教育や、ツールづくり、組織としてのマネジメントには、環境の知識と経営スキル・ノウハウの両方が必要ですし、まさに私が印刷会社のお役にたてる分野でもあります。
——エコ印刷に積極的な印刷会社に考えられる新分野の仕事とは?
西原印刷物の内容が、エコ・環境・社会貢献・CSRなどのテーマに少しでもかするようなら、すべて可能性があると考えましょう。こうした分野は、お客様の側でも多かれ少なかれ提案を聞く耳を持っていただきやすいからです。まず、これまでの受注印刷物を総ざらいして、そういうものがないか探し出すことから始めてはどうでしょうか。


西原さんが制作に携わった「印刷産業におけるVOC排出規制自主的取組推進マニュアル」と「リサイクル対応型印刷物製作ガイドライン」
- 有限会社サステイナブル・デザイン研究所のホームページ
- http://www.csd-e.com
