月刊GCJ
GCJパーソンズ

(138) 鎌田 純子

ネット時代の出版社として読者と著者を支援する

電子出版ビジネスの草分け的な存在である株式会社ボイジャーを、1992年、前社長の萩野正昭氏と共に設立した代表取締役の鎌田純子さん。この22年間で、電子出版のソフトウェア開発、出版フォーム、各種コンテンツの制作・販売等のビジネスを手掛けて、電子出版市場を開拓してきた。ただ、電子出版市場の裾野は思いのほか広がっていかなかったが、iPadの出現で追い風が吹きつつあり、確実に成長しつつある。3年前にブラウザをベースにした読書システム『BinB(ビーインビー)』を、また、今夏には個人の出版ツール『Romancer(ロマンサー)』を開発・市場投入し、読み手と書き手の両面から電子出版サービスを展開している鎌田社長。電子出版の大海原に向けて新たな航海に乗り出した。電子出版サービスの内容から市場の状況、将来について、多角的な観点で話を伺った。

鎌田 純子 KAMATA JUNKO

PROFILE

神奈川県生まれ。パイオニアLDCにて、レーザーディスクの市場参入やマルチメディア作品の企画制作などに従事する。1992年株式会社ボイジャーの設立に参加。CD-ROMやWebのプロデュース、電子出版関連ツールの開発・販売などを担当。『マニフェスト 本の未来』の日本語版チーフエディター。2013年10月、同社代表取締役に就任。

OSが進化するのに伴い電子出版ツールもバージョンアップが不可欠に

——ボイジャーを設立される前はどのような仕事をされていたのでしょうか?

鎌田パイオニアLDCでレーザーディスクのコンテンツの企画・制作や、市場に普及させるためのマーケティングビジネスに携わっていました。パソコンの画面にレーザーディスクの画像や映像を映し出すソフトウェアの開発にも従事したことがあります。でも、パソコンの性能が向上してくるなかで、大仰なレーザーディスクのプレーヤーとパソコンで構成されたシステムではなく、パソコン本体だけで電子の本のようなものを作れないものかと考え始めたわけです。そのためには自ら会社を創って製品開発していくしかないと、パイオニアLDCを退職して、米国ボイジャー社(マルチメディア専門出版社)とのジョイント・ベンチャーで当社を設立しました。

——次々と商品を開発されていかれたようですが…。

鎌田当初は、ボイジャー・レーベル作品の販売、日本語化、サブライセンス等に関する権利を独占的に保持し、事業展開していました。当時、代表的なものはエキスパンドブック・ツールの日本語版のリリースでしたが、次第に独自のソフト開発にも着手し、その比重が高まっていきました。エポックメーキングとなったのは、96年末に当社のエキスパンドブックを使って、新潮社さんが『新潮文庫の100冊』のCD-ROMを出したことです。1万5000円の商品だったのですが、それが3万部売れましたから、結構な数でした。それでパソコン(ディスプレイ)で本を読む時代が必ずやってくると、確信した覚えがあります。

——当時の電子出版と言えば、ほとんど辞典類だったイメージがありますが…。

鎌田そうですね。日本で最初の電子書籍と言われているのが、1985年に三修社さんからリリースされた『広辞苑第三版CD-ROM』です。その後、岩波書店さんや三省堂さんから広辞苑や辞典類が発売され、CD-ROMやFDなどのパッケージソフトが電子書籍として周知されるようになったかと思います。しかし、読み物としての電子書籍は皆無でした。当社のエキスパンドブックは、画期的な電子書籍フォーマットとして高い評価をいただきましたが、時期尚早で時代が追い付いてこなかった面が否めません。

——その後、98年には縦書き閲覧ビューア『T-Time』、2000年に『ドットブック』を発表し、注目を集められましたが…。

鎌田しかし、パソコンのディスプレイで本を読むというスタイルでしたから、パソコンのCPUが進化するのに伴い、電子出版ツールもバージョンアップを繰り返さなければなりません。OSやソフトがバージョンアップしますと、以前のメディアが使えなくなり、電子書籍が読めなくなる事態が生じたのです。せっかく作った電子書籍がOSの変化によって読めなくなることは、出版社や私たちのような電子書籍閲覧ソフトを開発する会社にとっては由々しき事態でした。

誰でもが簡単に使えて本が読めるブラウザで読書する仕組みを開発

——90年代はOSが目まぐるしく変化・進化していた時代でしたから、その大変さは想像できます。

鎌田パソコンですらそのような状況下ですから、次々と新しいアプリが開発されているスマートフォンやタブレットでは、バージョンアップの影響はパソコンよりも大きいと思います。とても安心して読める状況ではありません。アプリを開発する側にとっては、OSにバリエーションが増えると、OSの違いによる動作状況を検証する必要があります。それらのコストは少なくありません。

特に大きくバージョンが変わった時に、アプリが動作しなくなる可能性が出てくる危険性があります。また、ディスプレイの解像度も向上しています。アプリを作る側は解像度まで考えて作っているわけではありませんから、高解像度のディスプレイで文字を表示した時に、ボケてしまって読みづらくなることもあります。そのように開発費や人材コストが増大するだけでなく、製品を投入するまでに時間を要することになり、それが原因で事業が頓挫してしまうケースが少なくありません。これは電子書籍に関するアプリにも同じことが言えます。ですから、コスト増に耐えられる体力が求められますから、小さい会社ではアプリを開発する余裕が生まれなくなってきます。それだけ読書端末のアプリを開発・販売するのはリスクを伴うわけです。

——大きな転機となったのは、Webブラウザの普及に伴い『BinB』を開発されたことでしょうか?

鎌田はい。2011年、EPUB3の誕生と時を同じくして、HTML5対応のWebブラウザで本を読む『BinB』を開発しました。これはBooks in Browsersの頭文字を取ったものです。

電子書籍用のアプリですと、インストールする手間が生じます。パソコンのOSに合わせてバージョンアップする必要もあります。読者の方にそんな面倒なことを押しつけて、何が電子だ。そんな気持ちになりました。簡単・便利でなければダメなんです。誰でもが簡単に読める仕組みとなると、ブラウザが最も適していると思いました。Webページと同じような感覚で、手軽に電子書籍を読むことができるものを作りたかったのです。

——ブラウザを利用すれば、読書だけでなく、同時に電子書籍を購入することもできますね。

鎌田その利便性が評価されて、BookLive、Yahoo! ブックストアなどの電子書籍書店や講談社、集英社などの出版社のポータルサイト等で採用されています。Google アナリティクスと連動していますから、アマゾンでは得られないマーケティング情報を入手でき、販売促進でのビジネスに活用することもできます。

ただし、電子出版が単に紙の本を焼直してそのまま出版しているだけでは、本当の意味での電子出版市場は普及していかないと思っています。そこで弊社では読み手に対してだけでなく、書き手に対しても目を向ける必要があると考え、今年『Romancer(ロマンサー)』を開発しリリースしました。Romancerとは、簡潔に言えば、個人の出版を手助けするツールになります。

まず、Word(拡張子が.docxのファイル)かPDFファイルの原稿を用意していただきます。Romancerは用意した原稿をEPUB3に変換し、同時にBinBで読める電子書籍のURLを発行します。EPUBが著者の手元にあればKindle、iBooksといった電子書籍ストアで自分の本を売れることができますし、SNSやブログで書いた原稿を、本として読者に届けることもできます。BinBのURLがあれば、世界中のどこでも誰でもが、ワンクリックでWeb上の電子書籍を読むことができるようになります。私たちは1人1人、書いたものを読んでもらいたいという欲求を大なり小なり持っています。とくに自分しか書けない知識、経験、主張があると思います。その想いを自分の言葉で電子書籍として発信していくことが、このRomancerで簡単に行えるようにしました。EPUB3へ変換してWebに公開するのは無料ですから、コストの障壁はありません。ただし、販売ですとか、編集・校正に関するサポートは有料になりますので、弊社にお問い合わせください。

現在、作家の池澤夏樹さんの電子書籍を刊行していて、来年中までに30タイトル以上を電子出版として刊行する予定です。また、インディーズ作家や一般のブロガーの方々にもどしどしと利用していただきたいと考えています。

池澤夏樹さんの作品

ボイジャーが制作・販売を行っている池澤夏樹さんの作品。今後も続々と電子化していく予定。

オリジナリティ溢れる電子書籍を世に沢山送り出したい

なるほど。非常に画期的なソフトですね。印刷業界としては編集や校正でサポートできそうですが?

鎌田そうですね。出版社だけが市場参入できる分野だと思っていません。さまざまな業界からビジネスに参入してくると思いますし、そうなることで電子出版市場も一層活気づいてくるはずです。印刷会社としても制作、編集面でサポートできると思います。企業が発信するビジネス関連本、記念誌、PR誌、社史、また個人が発信する自費出版など、編集面でパートナーとしてビジネス展開されるのも良いのではないでしょうか。

電子出版ビジネスを拡大させていくためにはどのようなことが必要だとお考えですか?

鎌田1つは将来にわたって保管・記録・表示できる「Eternity(永続性)」があることです。次にグローバルな市場、さまざまな端末に対応できる「Borderless(ボーダーレス)」であること。第3がオープンスタンダードの技術を採用する、つまり「Open(オープン)」であることです。第4は「Originality(オリジナリティ)」で、新しいコンテンツである電子書籍を出版し続けていくこと。5番目は残したい知識や経験を詰め込むという「Knowledge(ナレッジ)」。そして、最後は読者と著者のつながりを生かすための「Social(ソーシャル)」。以上の6つの要素が重要になってくると考えています。因みにこれら6つの言葉の頭文字を合わせますと、EBOOKSになります。

本格的な電子出版時代の到来に向けて、御社が目指されていることは何でしょうか?

鎌田ボイジャーが目指していることは、インターネットを通じて社会に貢献することです。これまでの経験を活かして作家の方や作家を目指す人を支援する仕組みを作っていきたいと考えています。電子書籍を作ることが簡単になれば、より一層利用していただけるはずですから。デジタルを専門とする電子出版社として、何よりもオリジナリティあふれる電子書籍を世に沢山送り出したいですね。今、電子出版という大海原へ向けて、ボイジャーという船の航海が始まったばかりです。

Webページと同じような感覚で、手軽に電子書籍を読むことができるものを作りたかったのです

———— 鎌田 純子

株式会社ボイジャーのホームページ
http://www.voyager.co.jp/

掲載号(2014年10月号)を見る