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(189) 影山 摩子弥

持続可能な経営を目指して戦略的CSRの取り組みを

CSR(企業の社会的責任)が着実に社会に拡がりつつあり、企業にとっては、もはや無視することのできない状況だと言えるだろう。印刷業界でも全日本印刷工業組合連合会(以後、全印工連)がCSR認定制度を創設し、持続可能な経営を目指すためにCSR活動を推進している。企業は収益を上げつつ、社会から求められる「責任」や「要求」に応えて、社会に認知され持続可能な経営を目指していくことが課題になっている。そして、何よりステークホルダーを意識した経営が求められている。そのためにもCSRに取り組むことは大切になってくる。今回は、CSRの研究家で全印工連の同制度でCSRの審査業務をされている横浜市立大学教授の影山摩子弥氏に、CSRに取り組む意義の観点からCSRについて多角的に話を伺った。

影山 摩子弥 KAGEYAMA MAKOYA

PROFILE

1959年静岡県生まれ。早稲田大学大学院商学研究科博士後期課程修了。2001年横浜市立大学商学部教授。2005年国際総合科学研究院教授などを経て、都市社会文化研究科教授に就任。研究テーマは経済原論、経済システム論、地域CSR論。2006年同大学CSRセンターを設立、センター長に就任(現在、同センターは合同会社)。業界単位で初めてのCSR認定制度「全日本印刷工業組合連合会CSR認定制度」の設計を担う。著書に『なぜ障がい者を雇う中小企業は業績を上げ続けるのか?』(中央法規出版)など。

全印工連の「CSR認定制度」の制度設計に携わり審査業務を行う

Q 横浜市立大学CSRセンターを立ち上げて、センター長として仕事をされていらっしゃいますね。

私が担当しているのは、企業の効果的な取り組みの支援と、行政から相談を受け地域を活性化する地域CSRの仕組みを設計するといった業務です。2006年にCSRセンターを立ち上げた当初は、5人の教員が集まって有限責任事業組合という民法上の組合として設立し活動していました。しかし、いろいろな仕事をいただけるようになってきましたので、しっかりとした法人格にしていこうと。現在は私がセンター長に就いて会社法上の合同会社として事業を展開しています。仕事の内容は、全印工連さんのCSR認定制度における審査業務をはじめ、国内外の企業に対するCSRのコンサルティング、国内外の企業・行政を対象としたセミナーを行ったりしています。

Q 全印工連のCSR認定制度の認定委員をされるようになった経緯について教えてください。

2007年に横浜市が地域の企業のCSRを認定する制度を作ったのですが、その制度設計を担ったのが㈱協進印刷の江森克治社長や㈱大川印刷の大川哲郎社長、私などでした。お二人は印刷業が生き残るためにCSRが不可欠だと理解されていたようで、全印工連の産業戦略デザイン室で導入を検討することになり、私も2009年から参加することになりました。産業戦略デザイン室での検討を受け、2013年「全印工連CSR認定制度」が創設されましたが、私も微力ながら制度設計にご協力させていただきました。全印工連さんの認定制度では、現在116社が認定を取得されています(2018年11月末現在)。

Q CSRはまだまだ普及していないようですが、その理由は何が考えられますか?

中小企業でも高いレベルで取り組んでいる企業がいますし、以前に比べればかなり広がりを示しています。ただ、取り組めていない企業がいる背景として、まず、CSRに対する誤解が挙げられると思います。CSRが知られるようになった頃は慈善事業と見られて経営的な意味はなく、大企業が取り組むものであるという認識が目立ちましたが、それが尾を引いているのかもしれません。日本には陰徳陽報や公平無私という言葉があり、善行は陰に隠れてやらなければならない、自分だけの利益を求めてはいけないという価値規範があります。それでは中小企業にはCSRは無理と言わざるを得ないでしょう。

またCSRは、経営のあらゆる領域にわたっているので扱いきれないと思ってしまい、なかなか踏み切れないのではないでしょうか。つまり、売れる製品を作ることも、また、BCP(事業継続計画)のように災害時でも納期を守る取り組みもCSRです。更に会貢献や環境保全もCSRになります。それら全てにおいて経営面から効果のある戦略を構築することは大変です。そこで、取り組めない企業も出てくるのではないでしょうか。

地域貢献は社員の共感が不可欠、活動するなら参加型から

Q 地域貢献として地域との関係を向上させていくことも、CSRの重要な側面のようですが…。

そうです。地域との関係を良くしていくことで、中長期的に良い人材を確保したり、地域の企業や商店街と良い関係を構築して印刷の仕事をいただいたりといったことが考えられます。ただ地域貢献は、社員のモチベーションや顧客・地域社会の評価を中長期的に高めていくためのもので、売上という短期的成果が見えにくいため、取り組みを手控えてしまう傾向も指摘できます。

Q なるほど。実際に地域貢献をするのは社員ですから、社員のコンセンサスを得ることが大事になってくるのではないでしょうか?

そこがポイントです。社員の満足度を高め、モチベーションを高めることが重要ですから、社員に共感してもらえて、社会的に意義のあるものが求められます。そうでないと社員は負担や疑問を感じてしまい、社長が積極的であってもなかなか付いてきてくれなくて、逆効果になる恐れもあります。そのような場合、参加型の地域貢献が有効です。特に、社会的意義が分かりやすく、社員が短い期間に意義を実感できるものがお勧めです。

Q 中小企業の場合は経営者と社員の距離が近いですから、大企業にはないメリットもあると思うのですが…。

そうですね。大企業は資金力があるのでCSRも国際的な規模で取り組んでいることが多いです。一方、中小企業は資金規模が小さいですから、していることは一見小さくなります。しかし、CSRは外見的に大きく見えることが重要ではなくて、ステークホルダーが意義を実感し、その会社の経営戦略になっているかどうかがポイントになります。中小企業は社長と社員の距離が近いため、社内でCSRについての情報を共有し経営的意味を見出しやすいわけです。それで良い取り組みをしているケースも少なくありません。

また、社長は社員の日々の仕事ぶりを身近に見ているので、社員を見ればモチベーションが上がっているかどうかが分かります。社員の様子にアンテナを張っている社長の会社が取り組んでいるCSRの水準は、高い印象があります。

Q CSRを経営戦略として考えるわけですね。

ええ。CSRはステークホルダーのニーズや期待に応えることが、息の長い経営に繋がるという観点に立つ経営戦略の考え方です。取り組みにおいては、ステークホルダーを巻き込むと高い効果が得られます。地域に根付いた中小企業は巻き込みやすいですよね。また、社会や地域に愛される商品やサービスを提供し続けることもCSRになります。したがって、地域に根付いた中小企業は、地域をターゲットとして身の丈に合ったCSRを実践していけば良いわけです。そう考えると、決して難しいことではないと思います。

障がい者を雇用すると健常者に好影響をもたらし売上増に

Q 著書『なぜ障がい者を雇う中小企業は業績を上げ続けるのか?』で、障がい者を雇うことは、戦略的CSRの観点から有益だと述べられていますが…。

はい。障がい者を雇用する経営上の効果について、企業にアンケート調査を行いました。その結果、障がい者雇用は企業にとって戦力確保とシナジー効果に繋がる経営戦略であることが分かりました。シナジー効果について少しお話をしますと、障がい者に効率的に、安全にやりがいをもって働いてもらうために、会社は工夫や努力をします。それが健常者社員の労働生産性の向上にも繋がっていきます。

特に知的障がい者社員には、作業内容を根気強く分かりやすく説明する必要がありますから、これが人材育成のノウハウとなり、健常者社員の育成にも応用が利くようになります。また、障がい者が作業をしやすいように社内の作業の流れや仕事の仕方を工夫すると、健常者も作業がしやすくなります。

更に興味深いのは、障がい者のまじめで裏のない性格に健常者が触れると、健常者社員の働く姿勢が変わる事例もあります。障がい者社員がいる組織は人間関係が改善され、心理的安全性の高い組織になる傾向があります。つまり、健常者の社員間でも相互に配慮しあい自分の弱みも話せる組織となり、安心して仕事に集中できる、組織の求心力が高まる、提案等が活発になるといった効果が見込めるのです。その結果、労働生産性の向上に繋がっていきます。

ですから、障がい者を雇っている中小企業は、業績を上げ続けている事例が少なくないのです。もちろん、障がい者を雇うと大変なこともあります。大事なことは、障がい者に合った仕事の切り出し方や環境作り、相談に乗ってもらえる外部連携、障がい者対応のノウハウの社内共有など、障がい者にやりがいをもって働いてもらう取り組みを行うことです。それがシナジー効果に繫がります。印刷会社においても、障がい者雇用の経営戦略的効果を得るために、障がい者にマッチした仕事の切り出しから考えるとよいでしょう。

Q ところで、印刷会社はCSRへの関心が低いのでしょうか。どう考えていけばよいと思われますか?

全印工連さんの「CSR認定制度」を例に引きますと、認定を取得していない印刷会社がCSRの意識が低いわけではないと思います。全印工連さんが、これが大事ですよと提言していることを実践されている企業も少なくありません。しかし、社会貢献活動を例に挙げると、その取り組みを何のために行っているのか、そして、経営の中にどのように組み込んでいけばよいかを整理されていない組合員さんが多い印象があります。

自社の取り組みをCSRだと認識していただき、経営戦略として取り組んでいただくために認定制度があるわけです。特にワンスター認定は取得しやすいので受けていただきたいのです。しかし、ワンスターは自社のCSRに気づいてもらうことに重きがあります。厳しいサプライチェーンマネジメントをはじめとしたステークホルダーのニーズに対応するには、本格的な自社の戦略として取り組み、顧客をはじめとするステークホルダーにしっかりとアピールし説明ができるようにする必要があります。そのためにはツースター以上の認定を取得することが必須です。

また、全印工連に所属されていない印刷会社さんであっても、まず自分たちの努力だけで経営が成り立っているのではなく、ステークホルダーとの関係性で経営が成り立っている構図を知ることが大事だと思います。特に地方の印刷会社さんは地域に根ざした経営をされていらっしゃると思いますので、地域貢献という観点からもCSRは非常に大切になってきます。持続可能な経営を目指すためにも、印刷会社さんは、是非CSRに向き合っていただきたいと思います。

影山氏の著書

自分たちの努力だけではなく、
ステークホルダーとの関係性で
経営が成り立っている構図を知ることが大事。

———— 影山 摩子弥