月刊GCJ
GCJパーソンズ
(203) 上平 崇仁
誰もがデザインする時代では「態度」の問題が重要になる
企業に「デザイン思考」が求められているが、実際のところ実践できている企業は少ない。一方で個人もデザインするようになり、デザインがより身近な存在となり誰もがデザインする時代になってきた。しかし、情報が氾濫する今日、デザインのあり方が問われるようになってきた。その問いに一つの答えを提示しているのが、専修大学ネットワーク情報学部の上平崇仁教授である。上平教授は「情報デザイン」の専門家で、学生に情報学からスキル、問題解決力、多様な視点から創造的にデザインする考え方を持つことを学ばせて、社会に輩出しているパーソンである。これは印刷業界においても必要な人材を示していると言えるだろう。デザインに関する持論とデザイナーのあり方について考え方を伺った。
上平 崇仁 KAMIHIRA TAKAHITO
- PROFILE
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1972年鹿児島県生まれ。97年筑波大学大学院芸術研究科デザイン専攻修了。グラフィックデザイナー・東京工芸大学芸術学部助手を経て、2004年専修大学赴任。12年より同大学ネットワーク情報学部教授。15-16年デンマークのコペンハーゲンIT大学客員研究員を経て現在に至る。このほかコミュニケーションデザイン研究室を主宰。産業技術大学院大学人間中心デザインプログラム非常勤講師、Xデザイン学校講師。主に情報デザインに関する教育・研究に取り組む。
学生にプロジェクトを起案させてグループで問題解決に当たる
Q 学生たちにはどのような教育をされていらっしゃるのでしょうか?
社会のあらゆる場面でさまざまな人とコミュニケーションを取りながら問題発見、問題解決していくデザインの実践力を身に付けさせています。重要なことは、何をすべきかを自分たちで見出すことです。創意工夫をしながら、上手くいかないのであれば、どうしたらよいのかを考えて、自分たちの中から状況を打開していく力が湧き上がってくるように支援しています。社会に出てビジネスの現場で失敗することがあっても、リスクを取らないで何もしないでいては成長しませんし、学べません。傷つくのが恐いからと挑戦しないでいると、取り残されていきますからね。
Q それは学生だけではなく、若い全ての社会人にも言えるかと思います。
ええ、そうかもしれません。当校のネットワーク情報学部には6つのプログラムがあり、それぞれの専門が乗り入れながら自ら課題を発見し、チームで活動をしていく力を身に付けさせています。要は社会に出て問題や課題が発生した時に、情報技術や知恵を活用して解決していく力を養うことが目的です。学生自らがプロジェクトを起案して、リーダーの元に集まった学生たちでグループを組んで、これまでに学んだ知識やスキルを活かし合って問題解決に取り組むというものです。ですから実社会に出て仕事に就いた際に、大いに役立つ活動を学生のうちに実践させていることになります。下級生の演習であっても教室内で閉じないで、地域社会の小学校や、サイエンスミュージアム、専門家、企業などと協働で進めていくことが当学部の特徴になります。 その際に大事なことは、対人とのコミュニケーションによってプロジェクトを進めていくということになります。
Q なるほど。「情報デザイン」はどのように変わったのでしょうか?
「情報デザイン」は2000年頃に立ちあがったものですが、モノの見栄えだけでなく、人に届ける「情報」を扱う視点が大事だという、当時の問題意識から生まれました。その頃の情報は自分で取りに行くものでしたが、しかし、情報過多の時代になり、情報社会は大きく複雑になり過ぎました。草創期の情報デザインで扱ってきた領域は今では細分化しています。今日の情報は流れてくるものと捉えたほうがイメージに近いでしょう。情報を受け入れようとしても処理できる能力を超えていて、さばききれないのが実態です。しかも、何かを調べようと検索してみても、アフィリエイト狙いの信憑性が怪しいWebサイトに汚染されている状況です。このように情報の位置付けが変わっていることも、よく考えなくてはなりません。
社会に対する問題発見・解決として、デザインが求められている
Q 情報過多時代で情報デザインが変容してきたのですね。
情報はスピード(速報性)や、より刺激の強い(煽情性)を競うようになってきています。存在意義を保つためにマスメディアが率先してその傾向を強めていますが、これは情報が飽和した中で選ばれるためのデザインが施された結果でもあるのでしょう。そして同時に、人は自分のコンテクスト(文脈)に合わせて見たいモノを見るし、関心のないことは視界から消すという都合の良い判断をします。ですから、受け取り側をあまり考慮しなくて済んでいた初期の頃とは違って、「情報をデザインする」ことに対する捉え方も変えていかなければならなくなったわけです。
情報で忘れてはならない大事な出来事が、2011年の東日本大震災です。放射能の数値データは国民に伝わりませんでしたし、公表されるデータはねつ造されたりもしました。そこで見えてきたものは伝え方や分かりやすさよりも、もっと本質的な問題でした。今回の新型コロナウイルスにしても感染状況が正確には伝えられていません。もう情報を素直に信じられなくなったというのが、私たちの空気感として普通にあるのではないでしょうか。
Q 本来のデザインの意味とは何でしょうか?
デザインの定義としては、「現状をより良いものに変えるための行動を立案している者は、誰でもデザインをしているのだ」という、アメリカの政治学者・経営学者・情報科学者のハーバート・サイモンの有名な言葉があります。これは最も広義の捉え方です。 今、もやもやした現状があるとします。それに対して、それをどうしたいのかを描いた上で、それを具体的な形として描いていくというプロセスが、デザインということではないかと思います。
Q そんな状況下、デザイナーはどうあるべきだと思われますか?
デザイナーもそのような社会の中で、デザインの専門能力は「売る」ためだけのデザインではなく、もう一段階高い次元で、もっとその力を必要としている誰かのために使うべきだと思いますし、実際そのような考えが拡がりつつあります。情報化することは、必ずしも人を「幸せ」にはしないし、解決もしない。結局のところ、人の悩みの総体は変わらないものだということが分かってきたわけです。「情報」にしても「デザイン」にしても、それらのあり方自体が問われるようになってきたと考えています。
不確実な問題に果敢に向き合っていく態度を示していくこと
Q デザインを進めていく上で何が大切だと思われますか?
デザインをより私たちの力にしていくためには、「態度(attitude)」の視点が重要だと考えています。「態度」とは、武道でいう「構え」のようなもので、物事に臨む際にその人のマインドや信念が支える志向性になります。この「態度」は属人的なものと捉えられやすいのですが、しかし、デザイン活動を行う上で極めて重要であり、コミュニティにも大きな影響を与えていることが分かってきました。
少し前に「デザイン思考」がビジネス界に拡がりましたが、多くの場合期待されたほどの成果を上げることができませんでした。その要因は考えるためのツールや方法論を少し触ってみただけで、デザインに取り組む動機までを生み出すに至らなかったからです。デザインする活動を支えているのは考え方のフレームよりも、むしろ「態度」なのです。
つまり、技法や手順だけでなく、私たちはそれを使って何をデザインしようとし、どこに向かおうとしているのかといった志向性を含んだ、より抽象的なことも同時に考えていく必要があります。もう少し端的に言えば、「不確実な問題に果敢に向き合っていく姿」こそが、デザインにおける望ましい態度だと考えています。「デザイン態度」はあまり知られていませんが、学術的な知見から、デザイン理論研究者の安藤拓生先生と八重樫文先生が論文を発表しています。また、私は現在、産業技術大学院大学人間中心デザインプログラムで、「デザイン態度論」を社会人向けに教えていますが、今のところ日本で唯一の講座です。
Q 「デザイン態度」という言葉は初めて聞きました。
「デザイン態度」は、専門的には「デザインプロジェクトに持ち込まれる予見(expectations)と方向付け(orientations)」とされています。やや抽象的な言葉で飲み込みにくいと思 いますが、デザインは方法論だけでは 語れません。さまざまな道具が身近にあるとしても、私たちは何のためにデザインしようとするのか、どこに向かうべきなのか方向性を決めなければなりません。「デザインにおける態度の問題」は、そういった暗黙のことに意識を向けるためのものです。その「態度」が方向性を決めることになるからです。身近な例で言いますと、親や上司など、誰かの「背中」を見て私たちは変わっていくことがたくさんあります。デザイナーもデザインの仕事以外で、「背中」を通じて周りの人に伝えて、それが周りの人に受け入れられ、行動を起こすというポジティブな効果を与えることになるわけです。これはプロのデザイナーについてだけでなく、学生に授業を行う教育者にも言えることでしょう。学生に創造性や工夫する力を養わせるために も、「態度」を考えることが大事なのではないかと思っています。
Q 「態度」が現在のアイデアを創出するビジネスの場でも大切になっているわけですね。
はい。本来デザイナーが行う仕事は、問題をもう一度再構成して新たな選択肢を作り出すという仕事です。問題が明らかで安定している場合には論理で攻めていくほうが効果的ですが、問題が不明瞭な時や不安定な時にはその方法がうまくいくとは限りません。前提が変わりつつある時には、新しい選択肢を作っていく知性が求められ てきます。
今や全ての人がデザインする時代です。デザイナーの中には自信を持てないでいる人もいるでしょうが、分からないことがあっても真摯に問いを探求している姿を示していけば、その態度は必ず他者に伝播するものです。企業の組織においてもクリエイティブなマインドに刺激を与えることができると信じています。

上平教授が考案した「神経衰弱用カード」。同じフォント同士を合わせていくというアイデアが面白い。学びに「遊び心」を吹き込もうとする態度が見える。
————上平 崇仁
