月刊GCJ
GCJパーソンズ
(205) 小澤 歩
目的意識を持ったブランディングでデザイン戦略を
いま印刷会社に必要なことは、印刷物を提供するのではなく、顧客の課題解決を提供することだと言われており、それを実現するには、ブランディングで企業の価値を高めた上で最適な媒体を提案し、顧客の成果に結びつけるデザインを提案していく力が求められている。今回、登場していただいた有限会社グレイズの代表取締役小澤歩氏は、(財)ブランド・マネージャー認定協会のマスタートレーナーであり、(公社)日本印刷技術協会の講師として活躍している戦略コンサルタントである。ご自身の経験を活かし、自社ブランディングやサー ビス導入のコンサルティング、研修で印刷会社をサポートしている。「目的意識を持った提案型営業」を実践すべきと言う小澤社長に、ブランディングの必要性やそれに伴うデザインや営業のあり方などについて話を伺った。
小澤 歩 OZAWA AYUMU
- PROFILE
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1972年東京都生まれ。グラフィックデザイナー、アートディレクターを経て、2002年に有限会社グレイズを設立。現在は企業のブランディングやプロモーション、デザインなどを軸とする戦略のコンサルタントとして活動し、売上増や価格競争脱却などの多数の成果を上げる。また印刷会社や制作会社へも自社ブランディングやサービス導入のコンサルティング、研修を行い、クリエイティブ力向上や営業・提案力強化などの成果で、受注型から提案型営業への移行に成功させる。講師としても活動しJAGATや宣伝会議をはじめ全国の企業・団体に登壇。(財)ブランド・マネージャー認定協会マスタートレーナー。
「デザインや提案でお金をいただけるようになる」ことが大事
Q 現在はコンサルタントをされていらっしゃいますが、以前はどのような仕事をされていたのでしょうか?
広告制作会社、販促会社でグラフィックデザイナー、アートディレクターとして勤務していましたが、2002年にデザイン会社として㈲グレイズを設立しました。当初はグラフィックデザインの仕事を請け負っていたのですが、価格競争に巻き込まれたこともあって、デザインを提供するのではなく経営戦略としてブランディングを取り入れたデザインに注力するようにしたのです。お客様の売上を上げていくために、単にチラシ1枚を作るのではなくて、いろいろなプロモーションを組み合わせたプランニング全体を提供したり、デザインの根拠を示して成果に繋げていく提案をしたりして、自社のブランディングを行ったわけです。それによって、価格競争からは抜けて一部上場企業から中小企業まで広告販促やブランディングの企画制作の話をいただけるようになりました。顧客のブランドに付加価値を与えるデザインの仕事に特化したことが認められ、商業デザインでの受賞歴も多数あります。
Q 自社のブランディングを構築された経験が、現在のコンサルティング業で役に立っている感じでしょうか?
そうですね。ですから、印刷会社も同業他社の中で印刷物や販促物をコンスタントに受注できて、高くても同業他社の中からお客様に選んでもらえるブランディングを行う必要があるわけです。現在は付加価値を高めるブランディングを軸にして、新規開拓・リピート集客を効率よく行うマーケティング戦略、購買に繋げる広告・販促物のデザイン戦略、企業の課題を見つけるヒアリングなど、幅広いコンサルティングで企業をサポートさせていただいています。
Q (公社)日本印刷技術協会 (JAGAT)の講座ではどのようなことを教えていらっしゃいますか?
2013年にJAGATさんのWebサイトに印刷会社さんのブランディングをテーマにコラムを書いたのがきっかけで、「page2014」のセミナーに登壇しました。以後、ブランディングやデザイン戦略、営業提案などいろいろなテーマで講座や定期研修の講師のお仕事をいただくようになりました。 例えばデザインの講座では、「今までは印刷のおまけだったデザインや提案だけでお客様からお金をいただけるようになる」ことを目的にして、お客様にブランド戦略を提供できるよう、必要な知識や戦略構想を練ることができる人材の育成をしています。ですから、PCに向かってチラシなどのデザインを制作する講座ではありません。例えば、ターゲットの選定やブランディングコンセプトを考えたり、ブランディングを基にデザイン戦略を考えたりと、ブランディングの基礎からデザイン・クリエイティブ表現に落とし込むための実践方法まで、段階的に知識の習得をしていただいています。講座に参加される方は印刷会社のデザイナーだけでなく営業担当者も多いですね。
ブランディングは効率 よく利益を出す活動を行うために大切なもの
Q 印刷会社のブランディングは どうすべきだと思われますか?
そもそもブランディングは、モノを売ることではなく、お客様がそのモノを買って、良い結果を得られるようにすることが重要になります。ですから、良い結果を得られるようなモノを売っていかなければなりません。モノを売ることだけに専念しますと、どうしてもモノの機能のアピールになってしまいます。印刷で言えば、「低料金」「短納期」ということに終始して、結局は価格競争になってしまうわけです。そうではなくて、「印刷物を使った結果こうなります」という、「メリット」が求められてくるわけです。まずはこの考え方を持ってもらうことがブランディングの講座での基礎になってきます。そして、自分たちの印刷物でお客様にどういう結果を提供したいのかを考え実 践していくことが、印刷会社さんのブランディングになります。
Q なるほど。講座ではブランド の価値を創り出すデザインの 習得を目指すわけですね。
はい。またブランドとは、顧客に自社のことを同業他社と「区別してもらう機能」になります。小さな会社でも会社のことや売っている商品を知ってもらえれば、ブランドとしての機能を果たすわけです。印刷会社でも、自社が同業他社と区別して知ってもらえ ているのであれば、顧客は自社に対 して何らかの印象や感情を必ず持っているはずです。この印象や感情を「ブランド・イメージ」と言います。ブランディングでは自社を選んでもらえる「ブランド・イメージ」を構築していくことが大切です。
Q では、どのような印象を持たれれば自社を選んでもらえるようになるのでしょうか?
お客様に、「あの印刷会社に発注すれば自社の商品の売上増に貢献してくれるのではないか」という印象を持ってもらえば、同業他社と差別化されて、選んでもらえる印刷会社になるでしょう。 顧客にどう思われたらよいかは、印刷会社によって違ってきますから、「どう思われたら選んでくれるか」を自社の状況から作り出していくことが大事です。 ブランディングとは自社の持たれるべき印象を、お客様がその通りの印象として持ってもらえるように行動することなのです。自社の「持たれたい印象とは何か」を考えて選ばれる印象を構築し、それを普段の業務を通じて、その印象をお客様に持たれるように意図的な戦略で実践していく活動がブランディングの本質になります。これを推し進めていきますと、自社の価値が高まり、競合他社との差別化ができていくはずです。ブランディングは効率よく利益を出す活動を行うために大切なことなのです。また、自社ブランディングを考える時に、採用のことも意識して考えるように言っています。将来性がある印刷会社になるためにもブランディングは不可欠だと思います。
顧客の成果に繋げるデザインで「売れる」を作っていくこと
Q では、自社の「強み」を持つというよりも、顧客のニーズを引き出す力が求められてくるのでしょうか?
そうですね。「強み」とは印刷会社さんが言っているだけで、「強み」でも何でもない場合が多いです。本当の「強み」というのは、お客様が求めていることを解決できることが「強み」になります。まずはお客様がどういう会社であるのかを考えることが大事で、 そのお客様に対して印刷物の「安さ」以外で、どういうことがサポートできるかを考えます。営業はお客様の潜在的なニーズをくみ取って最適な提案ができるかどうかです。それを考えることがブランディング戦略の最初の大切な部分になってくるわけです。お客様が何を求めているのか、仮設を立てて仮説を基に戦略を作っていくわけです。コンサルティングでは戦略を作ることだけでなく、その後で実際にその戦略を動かしていける営業担当者や制作者の人材育成が重要になってきますから、講座ではヒアリング力やプレゼンテーション力の養成や、提案書の作り方などを教えています。特に商業デザインでは、デザインでお客様の成果を出すようにディレクターのような立場で関わることもあります。
Q 今日ではデジタルマーケティングが重要だと言われていますが···。
印刷会社さんには、常々「自分たちは印刷会社ではない」という意識を持つようにと言っています。チラシやパンフレットの商業印刷を求めているお客様は、売上を何とかして上げたいという気持ちを持っています。その場合に単にチラシだけを提供するのではもはや時代に合わなくなっていますから、Webやデジタルコンテンツと組み合わせて提案できるようにと伝えています。 今は紙とWebを活用した「売れる仕組み」をいかに作っていくかがポイントです。結局はお客様の売上や集客増という成果に繋げていくことが求められているわけですから、もはや印刷物だけでそれを完結する時代は終わったと言えるでしょう。多様なメディアを効果的に組み合わせた提案をしていかなければなりません。そのことをJAGATさんの講座でもしっかりと伝えています。 ただし、Webやデジタルコンテンツも含めて全てを自社で制作する必要はありません。必要であれば外注の専門にしている制作会社に出せばいいのです。あるいはコラボレーションを組んで協力体制で展開していけばいいと思います。紙だけでなく全てのメディアを総動員してお客様に相応しいメディアを総合的に考えてあげることで、印刷会社でも今まで以上に利益をもたらすことが可能になるはずです。
Q 顧客に提案する場合のポイントは何でしょうか?
提案する場合は、提案書に提示してある結果をお客様に具体的にイメー ジさせなければ、お金をいただくことはできません。ですから、納得してもらえる根拠を見せる戦略的な意識を持って提案書を書く必要があるわけです。印刷会社さんにコンサルティングに伺った時には、営業担当者やデザイナーであっても、経営や戦略的な視点を持って提案書やデザインに取り掛かるよう伝えていて、実際に提案だけでお客様から高いお金をいただけるようになった印刷会社さんがいくつもあります。 かつての写植からDTPにプリプレスが技術革新した時に、それに対応できなかった製版・印刷会社が消えていきましたが、今日のデザインは同じような状況になっています。経営視点やマーケティング視点、それとブランディングによってお客様のニーズに対応していかないと、淘汰される時代 になるでしょう。既にその傾向は現れています。お客様は印刷技術の高さや品質を求めているわけではありま せん。自社の発展や売上の維持など、成果に直結する印刷物や販促物を求めているわけですから、そこにしっかりとコミットしていかなければなりません。営業では目的意識を持った提案型営業に移行しなければなりませんし、そのためにはブランディングによる付加価値の高いデザイン戦略でお客様の成果として「売れる」を作っていくことが大切です。
————小澤 歩
