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GCJパーソンズ
(215) 玉城 哲平
現場の目線に立ち、AI技術で効率的な環境を提案する
近年、AI技術を搭載した印刷関連機材が登場するようになり、印刷業界でもAIリテラシーが求められる時代になった。印刷業向けのAI・機械学習ソリューションのベンチャー企業、タクトピクセル株式会社では、画像認識AIプラットフォームの「POODL(プードル)」とオンライン校正検版ツール「proofrog(プルーフロッグ)」を提供し好評を博している。代表取締役CEO・CTOの玉城哲平氏は、自らこれら画像検査ツールの開発に着手し、印刷工程における業務効率化に貢献しているパーソンである。今後間違いなくさまざまな印刷工程でAI技術が搭載され、自動化・効率化が一層進むことが予想されるが、既に実績を上げている玉城社長に、プログラミングとの出会い、システム開発を始めた経緯、印刷業について話を伺った。
玉城 哲平 TAMAKI TEPPEI
- PROFILE
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1988年沖縄県生まれ。2012年横浜国立大学博士課程前期(修士)卒。卒業後には、CAE業界のHPCプログラマーとして半導体製造シミュレーションソフトの開発業務を経験。その後、画像検査装置ベンチャーのナビタスビジョンソリューション株式会社に転職。印刷業界向けの画像検査ソフトウエアの開発を担当し、設計製造から販売広報までのマネジメント業務を経験する。18年にタクトピクセル株式会社を創業し、代表取締役 CEO・CTOに就く。
小学生でソフトの開発に興味を持ち、プログラミングに挑戦
Q コンピュータと出会ったのはいつでしょうか?
小学5年生の時に、Windows95のパソコンを買ってもらったのがコンピュータとの出会いになります。同時に「Visual Studio」も買ってもらって、「Visual C++」を使用してC/C++言語のソフトを開発しようと、プログラミングに挑戦しました。凝り性の性格も手伝ってソフトウエアの開発やインターネットの仕組みについて知りたいと思い、いろいろな専門書を買って勉強しましたね。その後も日本人が開発した「ActiveBasic」というソフトウエアも勉強したことがありますが、プログラミングは難しくて途中で挫折してしまいました。それでプログラミングの興味が失せて一旦コンピュータから離れていきました。
Q 小学生の頃に既にソフトを開発しようと、プログラミングに挑戦されたとは驚きです。大学では何を専攻されたのでしょうか?
横浜の大学に進学し化学を専攻しました。環境問題に興味を持っていて社会に貢献したいという気持ちがありましたね。当時、地球温暖化問題がクローズアップされ、エネルギーやゴミ廃棄などのあり方が問われている時でしたので、それに関連する分野を化学から研究したくなったのです。具体的には太陽光発電などを研究したりしていました。
また、ソフトウエアを開発しているコンピュータ会社でアルバイトをしたのですが、その時にWebサイトのデザインやプログラムの開発の仕事をさせてもらって、改めてコンピュータの面白さを再認識したのを覚えています。
Q なるほど。再びプログラミングに興味を持つようになったのですね。
ええ。化学の学科の中にコンピュータを扱う研究室があって、分子や原子の物理現象の振る舞いを調べる量子力学や分子動力学の分野を研究していたので、やりたい素材研究にも活きるということで、大学院に進み修士を卒業し、その分野の仕事に就きたいと考えたのです。でも、好きだった化学ではなく、プログラミングのほうに惹かれて、結局、プログラマーとして就職することになりました。
Q 印刷業界と接点を持つことになったきっかけは何でしょうか?
新卒で入社した企業では、新しい理論を打ち出して、それを実装して独自のソフトウエアを開発するという夢を持っていたのですが、結局、需要もないし壁も厚いということで諦めていた時に、大学時代の音楽仲間から、画像検査ソフトウエアや画像検査関連製品の開発・販売をしているナビタスビジョン株式会社(現、シリウスビジョン株式会社)を紹介されたので転職することにしました。同社はその友人のお父様が経営する会社で、印刷業界向けの画像検査ソフトウエアを開発していて、その開発者の一人として業務に就いたのが、印刷業界と接点を持つようになったきっかけです。印刷機械についてはそれまで何も知りませんでしたが、面白そうだと感じましたし、何か新しい製品を生むことができそうだなと思いました。
顧客の意見を聞いて製品に落とし込んでより良いものに
Q 画像検査ソフトウエアの開発ということですが、具体的にどのような仕事をされたのでしょうか?
毎日パソコンを持ってオフ輪の印刷工場に出向き、印刷された紙が流れてくるのをカメラで撮影し、撮った画像を全てチェックするという作業です。ソフトウエアとして開発するため、カメラで撮影した画像情報をいろいろなアルゴリズムを使ってデータを収集する必要があるわけです。詳細な部分までチェックできる機能を持たせることは重要で難しい部分なのですが、それと共にオペレータが操作する画面自体も作る必要があります。スタートやストップのボタンの設計など、ユーザーインターフェイスのあり方まで考えて作ることも仕事でした。
Q 非常に根気のいる難しい仕事ですね。特に大変なところはどこでしょうか?
実は実際に使える製品が完成してからが大変なのです。お客様の印刷機に設置した後に稼働させて初めて、お客様からこの個所はもっとこうしたほうが良いという意見や要望が次から次へと出てくるわけです。それをフィードバックしていくことが、より良い製品作りで大切になりますから、実際にお客様の印刷機を使って検証することが必要です。その部分に割く作業が重要で、納品した後のサポートは欠かせないわけです。
結局、曖昧なイメージから形作っていき、お客様のニーズを聞きながら現場で役に立つ製品に落とし込んでいく仕事になりますから、計画を立てて一定期間で完成させることがなかなか難しい仕事です。また、製品が完成した後も、販売の営業をしたり、アフターサービスで出向いたりと、さまざまな仕事を経験しました。それは独立した後でも非常に役に立っていますね。
Q 独立されたのはどういう理由からでしょうか?
自分のアイデアを製品化してそれをお客様に購入してもらいたいという気持ちが強くなり、それで独立し、弊社を設立しました。前の会社とは今でもお付き合いしていただき、ご好意でお客様を紹介していただくことも時々あります。ただし、お客様に直接ヒアリングするのは弊社で進めて、それぞれのお客様に最適な製品を開発し提供するようにしています。
Q では、御社で開発された 2 つの製品について簡単にご説明していただけますか?
はい。『POODL(プードル)』は、印刷製造の現場に特化し、深層学習を利用した高度な画像認識を行うための製品です。基本機能は、画像をアップロードしデータセット単位で保管・分割・結合・編集作業します。深層学習のモデルへの学習、学習済みモデルの精度の分析、検査装置に組み込みオフラインで高速処理を実現するというもので、これらを一貫して実行するAIプラットフォームになります。Amazon Web Service(AWS)上で構築され、深層学習の学習処理のために必要に応じて計算資源を調整することでコストを抑えるアーキテクチャを採用しています。クラウド版とオンプレミス版のどちらでも最新のアプリケーションを提供しています。また、個々の独立した機能を部分的に組み替えることによってカスタマイズの要望にも対応することができます。
一方の『proofrog(プルーフロッグ)』は、クラウドサービス型オンライン校正検版ツールになります。デジタルデータの編集前後の差異をクラウド上で確認し、結果を共有・管理するものです。マニュアル、出版物、チラシ、Webコンテンツ、ラベル・パッケージ、プレゼン資料など、日常的に行われている文章校正作業やデザインの修正・更新業務を画像比較、文字認識技術(OCR)を使って効率的に支援します。
シンプルな画像比較はもちろん、独自技術の文字比較処理による文章の比較も行えます。2画面で表示することで、2つのデザインの変更点を一目でチェックでき、他の関係者と画面のデータを共有することができますし、もちろん時系列で表示・管理できます。
デジタル印刷ではますますAI技術が活用される
Q 顧客は Web上で相談し購入する形になるのでしょうか?
それが可能になれば越したことはありませんが、お客様の中にはWeb上で全て完結されるのに馴染みが無い方がいます。印刷会社さんの中には直接会って説明を聞きたいという方もいらっしゃいますから、日本全国どこにでも出向くようにしています。弊社の製品はお客様とコミュニケーションを密にすることでより良い製品となり、実際の業務でお役に立てると思っていますので、購入後もしっかりとサポートすることを心がけています。
Q 印刷業のオンライン校正についてはどのように考えていらっしゃいますか?
オンライン校正についてはまだ始まったばかりではないでしょうか。印刷業務ではオンライン化が必要とされている部分とそうでもない部分があって、全ての業務がオンライン化されるべきだとは思っていません。オンライン化が浸透しないのは、印刷物というモノを扱うからでしょう。実物を目で確認したいというニーズに対して、特にオンライン校正にする必要はないのかなと…。ただし、簡易な校正や情報の確認など、データ上で確認できるものについてはオンライン化したほうが、業務が効率的になりメリットが大きいと考えています。今までオンライン化できていない原因の一つにはオンラインにするとコスト高になるからで、それが低コストでオンライン校正ができるようになれば、オンライン校正は浸透していくのではないかとみています。
この低コストで提供できる点が弊社の強みの一つだと考えています。他社さんもインターネットを活用して弊社と同様の製品開発をする動きが出てきており、今後はさまざまなオンライン校正の製品が市場投入されるのではないでしょうか。また校正分野だけでなく、いろいろなオンライン製品が開発されることで、印刷業界の方たちの意識も変わり、オンライン製品を導入して業務をすることが業界のスタンダードになっていくのではないかとみています。
Q 印刷会社の業態を考えますと、Web への展開は難しいのかなと思うことがありますが…。
そもそも印刷物は情報を伝達する媒体ですから、その情報を伝える媒体が Webになったとしても、情報を伝えるコツであるとかノウハウ自体は変わるのかと言えば、根本的には変わらないはずです。ですから、印刷会社さんが Web 事業を始められても別に違和感があるとは思いません。印刷業界が持っている技術や情報伝達のノウハウは絶対に必要なもので無くなることはないと考えています。
Q AI 技術で言えば、オフセット印刷機よりもデジタル印刷機のほうに親和性があると思いますが、デジタル印刷機に関してはどのように考えていらっしゃいますか?
デジタル印刷機について言えば、自動化が進み、今後はいかに速く正確に印刷するかが問われてくるでしょうから、データを取得、フィードバックして、制御部分でAI化が取り入れられどんどん進化していくと思いますから、期待が持てるのではないでしょうか。デジタル印刷は弊社の開発力が貢献できる分野ですが、弊社だけでは難しいので、印刷機メーカーさんで弊社の技術が利用できるとお考えであれば是非、声をかけていただきたいですね。
Q 今後新たに製品を開発されるご予定はあるのでしょうか?
弊社では技術へのこだわりと現場目線の提案を大切にしていて、より効率的な業務環境の構築を目指しています。現在、2製品を提供していますが、印刷業界全体を見渡した時に、弊社の開発力で貢献ができる分野がまだまだあるのではないかと考えています。ですから、今後も新しい製品を開発していきたいと思っています。印刷関連機材では、深層学習のディープラーニングや周辺部分のAI技術はまだ新しい分野ですから、改善点が見つかれば取り組んでいくつもりです。
————玉城 哲平
