月刊GCJ
GCJパーソンズ
(207) 田中 由一
3DCGバーチャルマネキンから広告代理業を目指す
小規模印刷会社が生き残っていくには、同業他社との価格競争に巻き込まれずに、独自の強みを持って市場開拓していくことが求められる。それは自社商品の開発や印刷以外の事業の確立、あるいは企画提案力のある営業などが考えられるが、いずれにしても付加価値の高い事業を掲げた経営方針で臨むことが重要になるだろう。滋賀県彦根市で創業109年を迎えた有限会社田中印刷所の代表取締役 田中由一氏は、2010年に「バーチャルマネキン」を開発し、イベント、展示会、店頭などの集客用サイネージとして製造・販売してきた。今では全売上の35%まで占める事業となり、印刷業主体の業態から脱却を図っている。田中社長にバーチャルマネキンとの出会い、業態変革を目指している経営について話を伺った。
田中 由一 TANAKA YUICHI
- PROFILE
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1953年滋賀県彦根市出身。85年有限会社田中印刷所代表取締役に就任。2003年中国国立芸大吉林芸術学院の客員教授に就く。04年中国に日本独資会社大連中志包装有限公司を設立。大連海大印刷有限公司と合併し、大連海和設計有限公司を設立。これを機に大連中志包装有限公司を解散する。海大グループの日本語DTP部門を担当。06年中国長春吉林芸術学院動画学院内に3D関係用事務所を設立。10年バーチャルマネキンの製造・販売を開始。11年「大阪創造取引所2011」でバーチャルマネキンが「大阪創造取引所2011クリエイティブ・ビジネス賞」を受賞。16年広告代理業務を開始。
中国に合弁会社を設立し中国スタッフの3DCG制作技術を活用する
Q 1985 年に社長に就任されて以降バブルで好景気となりましたが、バブル崩壊後の経営はどうだったのでしょうか?
バブルで良い思いをした記憶はありませんね(笑) 。地域に根ざした印刷会社として地道に経営をしていたのですが、バブル崩壊以降は影響が如実に表れました。地元のスーパーのチラシや、流通・小売業の印刷物を幅広く請け負っていたのですが、価格競争が激化し大手の企画会社や地元の中堅印刷会社にスーパーのチラシの仕事を奪われる状況になりました。バブル崩壊後はデジタル化によるペーパーレス、安価で受注する印刷通販会社の台頭などで印刷会社が淘汰されていきましたが、弊社も厳しい経営を余儀なくされました。全盛期には従業員が30名ほどいましたが、現在は8名と少ない体制になりました。それでも、昨年度の売上は1億3,700万円となり、厳しいながらも経営を維持しています。
Q 1人当たりの売上高はかなり高いですね。やはりバーチャルマネキンの事業が軌道に乗ってきたからでしょうか。印刷とバーチャルマネキンの売上構成はどうなっていらっしゃいますか?
現在は印刷の売上比率が 65%で、バーチャルマネキンが 35%といったところです。少しずつですが、バーチャルマネキンの売上が伸びてきている状況です。ただし、弊社はバーチャルマネキンを主体に営業しているわけではなく、お客様には紙媒体とデジタルコンテンツを組み合わせた最適な販促と広告を提案し、トータルでプロデュースすることを経営方針にしています。とは言ってもバーチャルマネキンを介して印刷の受注に繋がっている面がありますから、その点で印刷によい影響が出ていることは確かです。小規模印刷会社で中堅・大手の印刷会社のように設備投資の資金力もありませんから、企画・デザインのノウハウを持って、3DCG制作に注力した業態へと変革をしているところです。
Q なるほど。バーチャルマネキンとの出会いについて教えていただけますか?
幕張メッセで開催した「CEATECJAPAN2009」に、製品の内部構造を3DCGで見せる製品紹介動画制作を請け負うビジネスで出展したことがありました。その時に弊社のブースの隣でいまのスリーエム ジャパン(株)さんが、特殊フィルムをアクリル板に貼って、後ろからプロジェクターで映像を投影する実写タイプのバーチャルマネキンを出展されていたのです。それを見て、3DCGのキャラクターを使ったバーチャルマネキンで、弊社のビジネスの特徴を活かした販促展開が可能だと考えたわけです。それで住友スリーエム社製のリアプロジェクションフィルム「ビキュリティ」を購入し、バーチャルマネキンの開発に取り組みました。数カ月で完成することができ、翌年の「page2010」のデジタルサイネージZONEで初出展しました。
Q そうだったのですか。3DCG制作はいつからされているのでしょうか?
2003年に中国国立芸大吉林芸術学院の客員教授として招かれ、DTPを中国の学生たちに教えたことがあったのですが、その翌年に大連に合弁会社を設立し、中国の人たちに2年間ほど日本語DTPの仕事をしてもらったことがありました。当時の中国はグラフィックデザインよりも3DCGのほうが進んでいた状況があったので、2006年に中国長春吉林芸術学院動画学院内に3DCG制作の事務所を設立しました。中国の人たちに日本の不動産関係のチラシやパンフを作る際に、CGの建築パースの制作をしてもらったのです。そんな経緯からバーチャルマネキンの3DCGのキャラクター動画は中国で作っていました。当時、弊社には3DCGの制作技術を持つ人材がいませんでしたから、こちらの要望を伝えて中国のほうで作ってもらうという体制でした。私も月に1回くらいのペースで中国に打ち合わせに行っていました。
バーチャルマネキンを契機に印刷主体の業態から脱却を図る
Q 中国から日本に3DCG 制作を移された経緯は?
3DCGのお客様から中国で作っていることに対して情報の機密性を問われてきたので、社内で作っていく必要があると考え、2012年頃から社内で3DCGを制作するようにしたのです。ただし、社内ではまだまだバーチャルマネキンを主体にした3DCG制作が事業の柱になっていなかったこともあって、社員たちには中国の事業を持ち込むことに対して抵抗感がありました。しかし、老朽化したオフセット印刷機を新しくしたり、周辺機器に設備投資したりする資金の余裕はありませんでしたし、ここで業態変革を目指していくしかないと思ったのです。印刷業だけを続けていても先細りするだけだから、経営を維持していくにはバーチャルマネキンを契機に3DCG制作に注力していくことが重要であるという方針を打ち出し、印刷業を主体とする経営からの脱却を社員に説いていきました。時間はかかりましたが社員にも分かってもらいました。それで近年は、CGのキャラクター制作、動画制作の幅を広げています。今では3DCG制作関連業務を担当しているスタッフが3名います。
Q そうでしたか。次々と新しいバーチャルマネキンの製品を送り出されてきましたが、転機となったのは何でしょうか。
バーチャルマネキンを最初に披露したのが「page2010」でしたが、新しいデジタルサイネージということでかなり注目されました。その後も東京や関西など定期的に展示会に出展してきましたが、導入となりますと、慎重になるのか、なかなか売れませんでしたね。転機となったのは「JAPANSHOP2015」に出展してからだと思います。今では試行錯誤を重ねてお客様のニーズに合わせて独自の製品を開発しています。種類としては「バーチャルマネキンEZR」「バーチャルマネキンEZR卓上型」「キュービックスクリーンミニ」「バーチャルマネキンVtuberバージョン」「バーチャルマネキンAIバージョン」などがあり、用途に合わせて提案したり、オリジナルキャラクターで制作したりしています。
Q 最近は VRという技術も取り入れていらっしゃいますね。
はい。展示会やイベントで 使えるVR・AR 動画を作るようになりました。そのようなデジタル映像の制作も培った3DCGのノウハウがありますので、比較的スムーズに取り組むことができています。今はスマートフォンの時代ですから、オリジナルキャラクターによる3DAR(3D 拡張現実アプリ/WebAR)の需要も出てきています。それらの3DCG制作を社内で行い横展開できる強みが出てきているのかなと思います。
また、「バーチャルマネキンVtuberバージョン」では、弊社のCGモデル「モモ」が Vtuber(CGをアバターとしてYouTuberとなること)となり、リアルタイムで動き話すことができるようになっていて、離れた場所からの製品や企業紹介、受付対応が可能になりました。
販促をトータルでプロデュースする広告代理業を目指す
Q バーチャルマネキンは進化していますね。今後は 3DCG や映像制作に主軸を置いた事業を拡大されていかれるのでしょうか?
そうなのですが、実は広告代理業を目指しています。印刷にしてもCGや動画にしても、お客様から仕事をいただいた時にはほぼ予算が決まっている状態が多いのです。そこで弊社では代理店の立場で総合的に企画し、決められた予算の中でいかに効果的な販促を展開していくかという仕事にシフトしています。お客様の販促を支援するのは、印刷であったり、バーチャルマネキンであったり、またキャラクター制作であったりとさまざまです。テレビで広くアピールしたほうがいいとなりますと、テレビCMの制作も行ったりしています。川上のビジネスに取り組むことで、価格競争という不毛な戦いを避けて収益性の高い広告代理業を目指しているところです。
Q 業態変革をされつつあるわけですね。バーチャルマネキン自体も代理店販売をされているのでしょうか?
そうですね。中国の上海に1社と国内3社の現在4社の企業さんに販売していただいています。最近は販売店さんが展示会にバーチャルマネキンを出展されて、それを弊社のほうでフォローしていくスタイルをとっています。コロナ禍ですから、バーチャルマネキンであれば人を介さずに集客や受付業務を行うことが可能ですから、問い合わせがかなり増えている状況です。
Q 今後の方向性についてはどうお考えですか?
現在のバーチャルマネキンがこのままの形態で需要が伸びていくとは思っていません。プロジェクターなどの装置を設置しないで、ARやVRの技術を使ってスマートフォンに連携させた3DCG 映像サービスを提供し、それが販促や集客に繋げていくサービスに移行していくのではないかと思っています。それをいかにビジネスにしていくかが鍵となると見ています。ですから、弊社としても3DCGの技術をさらに高めたり、オリジナルキャラクターの制作に力を入れたり、プログラム開発をしたりして、新しい技術を研鑽していることが、いずれは次のビジネスに生きてくると考えています。

バーチャルマネキン(展示会出展用)
————田中 由一
